2015年12月7日月曜日

淵を渡る人

色々考えた末、転職することにした。
とりあえずと転職エージェントの面談のために、東京駅の丸ビルへ行った。
お昼どきだったので小綺麗な格好のOLが、小さなトートバッグを持って歩いているのを何人も見かけた。財布と携帯とポーチだけが入る、昼休み用のあれだ。丸の内OLもあれを持ってランチに行くんだなと少し意外な気持ちで見ていた。全身の中でそのバッグだけが妙に安っぽくて、滑稽だった。

面談が終わりスターバックスで履歴書を一枚書いたあと、それをkitteで出すついでにせっかくだからと屋上庭園に上がってみた。夕闇迫るなか、赤れんがの東京駅が真ん中に据えられ、きっちり区画整理されてそびえる高層ビル群がそれを見下ろしている。まるで成功の象徴そのものであるかのように、その景色は広がっていた。
駅舎を挟んで八重洲口の方にあるビルのガラス張りの壁面の内側を、何基かのエレベーターが上ったり下ったりしているのが見えた。以前都心のホテルかどこかで家族で食事をしたとき、同じように高層エレベーターに乗った父が「こういうところで毎日働いていたら、自分が特別な人間だと勘違いするだろうね」と言ったのを思い出した。確かに、とすごく納得したのを思ったのを覚えている。この街並みを毎日ハイヒールを鳴らしながら歩いていたら、選民思想の一つや二つ芽生えるだろう。

屋上の端まで行って見上げると、電気がついているオフィスの中の様子がよく見えた。そこには普通にデスクがあり、プリンターがあり、天井に貼りついた照明や空調があった。巨大なビルの中で、それはミニチュアのように小さくて、あっけなかった。どこにいても、誰であっても、人が一人分の大きさしかないしかないことは変わらないのだ。
急に、すべてがむなしいような気がした。きっと、私がどこで働いていようが、何を着て誰と一緒にいようがそんなことどうだっていいことなのだ。なにもかもあまりも些末事だ。でも、だとしたら、確かなものなんかもうこの世になんにもないんじゃないか。

私は屋内に戻り、下りエスカレーターに乗った。それぞれのフロアには雑貨や本や服のテナントが入っていて、途中で一度降りて、ぐるりと回ってみた。
ディスプレイされた商品はどれもこれもみな洗練されていて、最先端で、これを生活に取り入れたらワンランク上の自分になれそうだった。その一方で、こんなものになんの意味があるんだろうという気持ちが湧きだして拭えない。
高級な石鹸や、アロマオイルや、間接照明や、用途を細かく分けられた食器、そういうものが気持ちに灯をともすことがあると知っている。たまに背伸びした買い物をしては、それを燃料のように燃やして前に進むエネルギーを得ることが生き延びる知恵なのだと知っている。だけど、それは私という人間の本質を変えてはくれない。外側を取り繕っても自分自身がランクアップするわけじゃない。だから、そんなのは嘘っぱちじゃないかとどこかで思っている。
私は本当のことが欲しい。本当のことだけが欲しい。例えば、百均の皿でだって飯は食える、というような、シンプルな事実だけを積み上げて生きていきたい。
だけどもしかして、本当も嘘も間違いもないのかもしれない。ただ一人分の幅で生きて、一人分の幅で死んでいくのだということ以外は。

まばゆいディスプレイに囲まれながら、自分がなにが好きで、なにに憧れていて、なにが欲しいのか、そういうことが全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいにわからなくなってしまった。しっかり握りしめていたはずの目標や芯みたいなものが溶け流れてしまって、迷子みたいな気分だった。
むなしい、と思った。人ひとり、私ひとりの人生なんてあまりにもどうでもよすぎて。

帰り道、メトロの中で窓の外の灰色のコンクリートを見ながら、渡りきれるだろうか、と考えた。
きっと死ぬまで付きまとうこのむなしさを、夢の中の海を泳ぐみたいに最後まで渡りきることが。
そうしてむなしさを越えた場所にあるなにかを、一つでも掴むことができるだろうか。
私は今日も探している。

2015年10月18日日曜日

《告知》ネットプリント第5回発行

ネットプリント『生存の心得』、本日より第5回発行しています。
今回のテーマは「親」。セブンイレブンのネットプリントより出力できます。

予約番号:MDJ2SY35
有効期限:10/25
印刷費用:カラー60円、モノクロ20円

どうぞよろしくお願いします。



☆『満島エリオの生存の心得』とは?
生活していく上でのちいさな問題や疑問やストレスやハッピーについて書いたガチふわ系エッセイ。
月1回、全12回発行予定です。

2015年9月27日日曜日

すこし遠い夜にまた


高校時代の知り合い2人と、急に会うことになった。

『公園で飲むんだけど来る?』
    雑すぎる誘いにちょっと笑ってしまった。それから私はいそいそと支度をして、家を出た。

 だいたい2年ぶりに会う彼らは記憶より随分痩せていて、反対に空気はまるくなっていた。何から話せばいいのか、距離感がつかめずに今住んでいる場所のことなんかを話しながら、コンビニで1人1つずつお酒を買った。
 少し歩いて、広めの公園へ行く。時間は7時を過ぎたところだったけれど、まだそこまで暗くはなかった。制服姿の女の子たちがベンチに座ってしゃべったりしている。真ん中へんに滑り台や吊り橋なんかが一緒になった複合遊具があって、その岩山を模した部分に上って、乾杯した。
 
 高校時代はわざわざ約束して会うほどの仲ではなかったから、間が持たないんじゃないかと秘かに心配していたのだけど杞憂だった。
 今まで何してた? 今何してる? これからどうする?
 私たちは缶酒一本で延々と、過去と今と未来の話を行ったり来たりした。
 待ち合わせの前にネットプリントを印刷して読んでくれていて、2番目のやつがよかった、と褒められて、その場で音読されそうになって止めたりした。

 2人のうち1人は当時取っつきにくいところのある人で、それがすごく柔らかくなっていたから、私は彼にまるくなったねと言い、彼も私に同じことを言った。
自覚はある。高校の頃の私はとがっていて、それこそ取っつきにくかったはずだ。必死過ぎて全然周りを見る余裕がなかったのだ。そのときから考えれば肩の力が抜けたし、気楽に物事を考えられるようになった。自分でも、昔の自分より、今の自分の方が好きだ。
 久しぶりに会う友達というのはいいな、と思った。「変わったね」と言ってくれるのは、ある程度関係を熟成させた相手だけだ。大人になるって楽しい、と思った。

 2人とも、いわゆる会社員ではない。社会的に見たらちゃらんぽらんかも知れないけど、それなりに葛藤があって、その中で自分の考えを持って、次への足掛かりを見つけることのできる人達だった。到底堅実ではないし、普通の生き方とは言えないけれど、でももっと根本的な生命力を持っているように見えた。彼らと話しながら、人生なんて自由でいいんだな、と思った。

少し風があって、その冷たさが心地いいくらいの気温だった。背後を中央線が走っていく音を、何度も何度も聞いた。公園の端で、夏の終わりを名残惜しむように花火をする人を見た。

自分の行動が、出会う人を決めるのだという。私が文章を書いて、それを発表することによって引き寄せた縁は確かにある。そうして出会った人たちと、現在と過去と未来の話をするのが好きだ。進み続ける人の中には爆ぜる花火のようにまぶたの裏を焼く鮮烈な光があって、どんなに今が暗くてもその光がある限り前に進むことは怖くないと思える。
決して頻繁に連絡を取り合うわけではない彼らと、次に会うときに恥ずかしくない自分でいたいという気持ちが、私を何度でも言葉に向かわせる。ずっと色々やってるよ、そっちはどう、とすかした顔で再会したいという意地が。

寒くなるまで尽きることなく話をして、また公園で飲もう、というあやふやな約束とともに手を振って別れた。
こんな夜をまた過ごしたい。できれば、あまり近すぎない未来で。

2015年9月21日月曜日

最強ラッキーガール

中高の頃私は剣道部で、しかもずっと幽霊部員だった。真面目に出ていたのは最初の一年だけで、後の数年は部活に参加するのは年に数回程度という状態をずっと続けていた。
    最初に出なくなったきっかけがなんだったかはもう思い出せない。特別な何かが起きたわけではなくて、単に面倒臭くなって休む日が続いてそのままずるずると、という感じだったと思う。

    練習に出なければ当然うまくならない。むしろ下手になる。その上年次が進めば後輩が増え、彼らは練習を重ねてどんどん強くなっていく。
    後輩より弱い先輩なんてありえない。下手なのを見られたくない。知られたくない。駄目な先輩って思われたらもう終わりだ。そう思っていた。そういうつまらないプライドばかりが勝って出られなかった。そのブランクが長くなればなるほど、もっともっと出づらくなった。その頃は部活に出る、ということがもうほとんど恐怖だった。

    同学年の部員たちにはクラスや廊下で会うたびに「部活出ろよ」と言われるので、顔を合わせるのも怖かった。      
    顧問に呼び出されて、「そんなにずっと休んでるなら辞めた方がいいんじゃない」と言われたこともある。そうですね、と私は素直に頷いた。
    でも辞めなかった。
    一年の時から入部していたからというのもあったし、どこかの部活に所属していたいというのもあった。部活のメンバーが、それでも普段は面白くて仲良くしてくれて、居心地が良かったというのもある。部活を続ける意味がないと面と向かって言われても、その通りだと思っても、でも手放すことができなかった。

    それが本当に身勝手なことだったと、今ならわかる。同期にどれだけ迷惑をかけ、苛立たせたか知れない。それでもみんな、最後まで鬱陶しいほど面倒見が良くて、優しかった。部活に出ない私に、それでも座る場所をずっと空けていてくれた。彼女たちがもっと冷淡で無関心だったら、私だってきっともっとあっさり辞めていた。

    結局、私は劇的な盛り返しを見せることもなく、幽霊部員のまま卒業を迎えた。私の存在も碌に知らない後輩に送られる送別会の居心地の悪さはちょっと言い表せない。それでも、退部ではなく引退した。図々しくも同期達と一緒に。


    そんなこんなで大学に入学し、サークルで初めてちゃんと後輩というものができた時にはどう接したらいいかわからなかった。ちゃんと先輩として見えているかばかり気になったし、こいつら全員私のことを馬鹿にしてるんじゃないかといつも疑っていた。高校の頃から、私には後輩というものが怪物に見えていたのだ。

    でも、おっかなびっくり話をしているうちに、彼らは意外と素直な生き物だと言うことに気がついた。何か質問してきたり、知っていることを教えると素直に納得したり、ちょっとしたことで関心してくれたりするのが面白かった。

    私は特別優秀なわけでも、人徳があるわけでもない。私よりずっと頭が良くて話が上手で愛想のいい子はいくらでもいた。私はただ、彼らよりただ数年早く生まれ、年増な分だけ知識と経験が多いだけだ。そんな偶然でしかない理由で先輩と呼んでくれるのが申し訳なくて嬉しくて、そしてかわいくて、だから私はせめてこいつらに、私の知っていることは全部教えてやりたいし、うまくいくようにいくらでも手を貸しやりたいと思った。
    それは高校の時には逃げ回っていて手に入れられなかったものを取り返すための戦いだった。それにもしかしたら、いつかの罪滅ぼしの面もあったかもしれない。

    そうやって、内面ではすごく緊張しながら先輩や後輩と接していたわけだけれど、彼らと仲良くなればなるほどサークルも居心地よく、やりやすくなって、楽しくなっていった。
    こんなに単純なことだったのか、と思った。
    できることをして、助けてもらって、もらった分を誰かに返して、それを実直に繰り返すだけのことだったのだ。それだけで、自分自身がずっと生きやすくなるのだと、遠回りしながらやっと知った。


    今、会社では後輩が二人いる。質問していいですか、と言われたら忙しくても必ず時間を作る。私も、困ったら手を貸してもらう。雑談もするし、たまに飲みに行ったりもする。
    サークルの一部の後輩とは未だに時々約束をして遊びに行く。彼女達とは、もうほとんど友達だ。
    高校の部活のメンバーとは滅多に連絡は取らないけれど年に一度くらい飲み会があって、会うとみんなマシンガンのように喋り倒すので、いつも全然時間が足りない。
    高校の頃を思い浮かべれば、ちゃんと部活に出ていても仲間と折り合いが悪くて辞めた人もいる。仲が良くたって卒業したら連絡を取らなくなる人だって大勢いる。集まりがあったって、呼ばれなかったり顔を合わせられなくて出席できない人だっているだろう。
    そういう中で、私も充分すぎるほどやらかしていて、それでも今も席を並べて話したり笑ったりできる。同じ時間を共有して、ダサい所も失敗も知られている相手と、今のことや未来のことについて話すことができる。できすぎなくらい、私は最強にラッキーだ。でもそのラッキーは偶然の産物ではない。周りの人が与えてくれたものだ。私の失敗を、迷惑を、我儘を、許して、許し合ってきた結果だ。


    これからも、できることをしようと思う。余裕がなくて当たってしまったり、思ったほど相手に伝わらなかったりすることもあるだろうけれど、でもできる限り誠実でありたいし、私のもらったものを別の誰かにあげたいと思う。そうしてその誰かが、新しいラッキーガールもしくはラッキーボーイになってくれたら本当に嬉しいと思う。

2015年9月15日火曜日

《告知》ネットプリント第4回発行&1~3回再発行

月一で発行しているネットプリント、ガチふわ生活系エッセイ『生存の心得』第4回を発行します。
今回のテーマは「健康」です。
全国のセブンイレブンのプリンターより出力できます。


また、過去の分が読みたいという声を頂きましたので、今回は今までに発行した第1回から3回の分もすべて再発行致します。1つ読んでみて面白いと思ったら、ぜひ残りも読んでみてください。


号数 : 予約番号
第1回 「食べる」 : B3JRUUGY
第2回 「買う」 : R7JQ2S8S
第3回 「おしゃれ」 : T939X83M
第4回 「健康」 : 4DA7E88G


出力締切はすべて9/22の23:59までです。どうぞよろしく。

作ることについて考えていること

ネットプリントをやり始めてから、よく訊かれることと、それに対して考えていることを書く。

まず、そもそもネットプリントとはなんぞやということについて。私がいつも使っているのは富士ゼロックスが提供しているサービスで、文書を登録するとその日から1週間、セブンイレブンのプリンターから出力できるというもの。出力するのにモノクロ20円、カラー60円の費用がかかる。これは純然たるプリント代で、文書を登録した人間には入らない。
本来はサラリーマンが出張先などで必要な文書を印刷するために生み出されたものなのと思うが、現在ではクリエイターの卵が自分の作品を全国に頒布するために使う割とスタンダードな手段になっている。これはおもしろいということで私が始めたのが、いま月一で発行しているネットプリント『生存の心得』である。

ネットプリントを選んだのにはいくつか理由がある。
1つは、新しい読者層を開拓できるから。ツイッターで「ネットプリント発行します」と書けば検索ワードに引っかかるし、ネットプリントを専門にリツイートするアカウントに宣伝してもらえる。

2つ目に、頒布の手間が省けるというのがある。作品を人に見てもらう状態にするには、書く以外の作業が色々発生してくる。例えばイベント参加の為の事務手続き、表紙や背景のデザインやレイアウト、印刷屋との調整など、やらなければいけないことは山ほどある。こういう本質的でない作業はなるべく減らしたいと考えると、文書を登録だけして後は相手が出力するというネットプリントはとても効率的だ。さらにセブンイレブンから印刷できるので、自分から出向くことなく全国の人に読んでもらえる可能性もある。

3つ目は、発行期間が限定されていて、なおかつわざわざコンビニへ行き、プリント代を支払う必要があるということ。一見デメリットのようだけど、私はここに大きな意味があると思っている。
ただ書いたものを沢山の人に読んで欲しいなら、こうしてこのブログに載せればいい話で、ネットプリントよりずっと簡単だ。それなのに敢えてネットプリントを使うのは、私の書いたものに対してお金と手間をかけてもいいという人がどれくらいいるのか知りたいから。そして、そう思ってくれる人を増やしたいからだ。いずれ自分の作品で生計を立てたいと考えている人間にとって、この層をいかに増やすかというのはとても重要な課題なのだ。だから、例えプリント代が自分の懐に入らないとしても、コンビニに行ってお金を出してもらうということ自体に意味がある。

友達からは時々「データで欲しい」とか「お金払うからプリントしたやつ持ってきて」とか言われることがある。それをするのは簡単なのだけど、上に書いたような「ネットプリントをやる理由」に対して本末転倒になってしまうので私はやりたくない。というか、やらないことに決めた。
こういう風に書くと「偉そうだ」とか「それなら読まなくていいや」と思う人もいるだろうし、それは仕方のないことだと思う。が、私としては「それでも読みたい」と言ってくれる人を増やすのが目的なので、そうでない人に対しては今のところ必要以上の働きかけをするつもりはない。

色々書いてきたが、私が特別高尚なことを考えている訳ではなくて、たぶん自分の作品で稼いで行きたいと考えて継続的に活動している人は誰しも同じような考えに行き着くのではないかと思う。
想像してほしいのは、何気なく手に取った作品の裏には必ず手間と時間と時にはお金がかかっていて、それは作っている側が必死に捻出したエネルギーなのだということ。作る側は、遊びや道楽でやっている訳ではない。つまらない下らないと感じたならそれは作品に魅力がなかっただけのことだ。だけど面白いと思ったなら、受け取るときにも誠意を持ってもらえると本当にありがたい。なので、私のことに限らず、好きなクリエイターとか応援したい作家がいて、その人の次の作品を見たいと思うのであれば、受け取る側からも多少の手間を惜しまないでほしい。それが作る側を支えることになる。

2015年8月13日木曜日

《告知》ネットプリント第3回発行

ネットプリント『生存の心得』、告知が遅くなりましたが、昨日8/12より第3回を発行開始しています。
今回のテーマは「おしゃれ」。セブンイレブンのネットプリントより出力できます。
予約番号:ULNPR4A7
有効期限:8/19
印刷費用:カラー60円、モノクロ20円

どうぞよろしくお願いします。


☆『満島エリオの生存の心得』とは
生活していく上でのちいさな問題や疑問やストレスやハッピーについて書いたガチふわ系エッセイです。
第1回『食べる』
第2回『買う』
月1回、全12回発行予定です。

2015年7月12日日曜日

《告知》ネットプリント第2回発行

ネットプリント『生存の心得』、第1回を出力して下さった方はありがとうございます。
本日5/12より、第2回を発行開始します。
今回のテーマは「買う」。前回同様セブンイレブンのネットプリントより出力できます。
予約番号:FS7Y8UPY
有効期限:7/19
印刷費用:カラー60円、モノクロ20円
なお、前回はじめにアップしたデータの画質が粗く、出力頂いた方は申し訳ありませんでした。今回は問題ありません。
どうぞよろしくお願いします。

2015年6月14日日曜日

ラン

 ここ1ヵ月ほどで、色々なことが目まぐるしく起こった。
 本を作って5月の頭に文学フリマに出店し、デザインフェスタのスタッフをやって、フリーペーパーをONLY FREE PAPERに納品、1週間経たずに頒布終了。
 6月しょっぱなは棚ぼたでどさくさにまぎれて雑誌『ダ・ヴィンチ』に載り、ネットプリントで新しい連載の配布を開始した。
 信じられないスピードで、一足飛びに進んでいる。非常にいい感じだ。いい感じ、のはずなのに、なんとなく不安で、満たされないのはどうしてだ。

 ONLY FREE PAPERへの『好きにさせろよvol.1』の納品をFacebookに書き込んだら、今までにないくらいの「いいね!」がついて、私はしつこいくらいに更新ボタンを押しては評価が増えるのを見てにやにやしていたけれど、そのうちなんだかむなしくなってきてしまった。べつに、SNSで「いいね!」をもらうために頑張っているわけじゃない。
 誰かの別の投稿で、私の書きこみはあっという間にタイムラインを流されていった。この程度か、と思った。こんなんじゃ全然駄目だ。もっと、消えない何かを残せなきゃ駄目なのに。

 何か1つのことをやり終えたあとに残るのは、いつだって達成感じゃなくてなんとなく空虚な気持ちだ。ここまでやったのに、世界はまだ全然変わらない。あと何をすればいいんだろう。次はどっちへ進めばいいんだろう。そういうことが全然見えなくなって、目的地を見失ったような、重大な欠落を発見したような気分になって、途方に暮れてしまう。
 不安で、なんだかたまらないような気持ちになって、焦りながら次の手を考える。追い立てられるように次の文章を書き始める。自分が目標に向かっているのか、それともこの不安に取り込まれないように逃げているのか、もうよくわからない。

 デザインフェスタで面白い人に出会った。
 その人はなぜか、専門でもないのに物理のテキストを熱心に読んでいた。なんでそんなもん読んでんの、と訊かれて彼は「この知識はいつか絶対必要になってくる。将来そういう専門の人と対等にビジネスの話をするためにはこれだけじゃなくて、なるべく全部の分野について勉強して知っておいた方がいい」というようなことを答えた。だから大学時代から休み時間はいつもこうやって専門外の勉強をしていると。いつか起業したいと彼は言った。口調にも姿勢にも、全然淀みがなかった。
 この人は前しか見てないんだ、と感嘆とともに思った。やりたいことが決まっていて、それを実現するための道筋も明確に分かっている人間は、あとはひたすらその道を進むだけなのだ。周りなんて見ていないし、誰かと速度を合わせるなんてこともしない。その姿は、単純にかっこよかった。
 何かを本気でやっている人に認められるには、その人の横に並ぶくらいじゃたぶん足りないのだと思った。もっと速く走って一瞬でも追い抜いて、自分の背中を見せなきゃ視界になんて入れない。きっと、苦しくてまぶしい世界だ。そこでは誰かの評価を気にしたり、不安を抱いたりする暇はない。ただひたすら先を目指す人だけが美しい場所なのだ。

「誰かが見てくれている」と思えることは、何かを続ける上でこの上ないモチベーションになる。私がこのブログを飽きることなく、わりかし定期的に書き続けられているのも、たまに会う友達が「読んでるよ」と言ってくれたり、ツイッターで更新を呟くと閲覧数が伸びたりするからだ。だから、Facebookでたくさん「いいね!」をつけてもらうのだって当然嬉しいし、エネルギーに変換されている。
 だけどその一方で、そんなもの全部振り払って進みたいと思う。使い捨ての「いいね!」になんて捕まりたくない。安全な場所からの称賛なんて聞きたくない。誰も何にも気にしないで、前しか見ないで、限界よりも速く走りたい。走ること自体が楽しいって気持ちで、足が動く限り、どこまでだって。

2015年6月9日火曜日

※再掲《告知》ネットプリント開始します。

本日より、ネットプリントでのエッセイ配信を開始しました。

『生存の心得』
「生活する」をコンセプトに、1人暮らしをしながら東京で1人生き抜く術を模索するガチふわエッセイ。
第1回テーマは「食べる」です。

※以前のデータが荒いという意見を頂いたので、データを差し替えました。
これから出力される場合は新しい予約番号:32274016で出力して頂けると幸いです。
・出力方法
①セブンイレブンにて予約番号を入力
②カラーは60円、モノクロは20円を投入しプリント
期限は1週間、6/19までです。
よろしくお願い致します。

2015年5月30日土曜日

《告知》ONLY FREE PAPERへ納品しました。

告知です。
文学フリマにて頒布したフリーペーパー『好きにさせろよvol.1』を、ONLY FREE PAPERという、フリーペーパー専門のスペースに置いていただきました。
場所は渋谷パルコパート1の4階です。
興味のある方、お近くに寄る方は是非お手にとってみて下さい。
どれくらいの早さでなくなるものなのかわからないのですが、追加納品はしない予定なのでなくなってしまったらごめんなさい。
どうぞよろしく。

2015年5月21日木曜日

何者

 5月16、17日、デザインフェスタに行ってきた。出展者1万2千人を誇る、世界規模のアートイベントだ。
存在は知っていたけれど、初めて行ってみて驚いたのはそのクオリティの高さだった。正直、こんだけの数のブースが出展しているのなら道楽で参加するど素人が散見されるのだろうとたかを括っていたのだが、全てのスペースを一通り回ってみてレベルが低いと感じられるものはほぼなかったと言っていい。
歌、ダンス、ライブペイントなどのパフォーマンス系もあるけれどだいたいのブースは物販なのだが、そのどれもが到底手作りとは思えなかった。「モノ」を作らない私のような人間には、アマチュアでどうやってあんな製品が作れるのかさっぱりわからない。店頭に並んでいたら業者の作っている市販品にしか見えないだろう。そういうレベルのものでビッグサイトはあふれかえっていた。
最初に質の高さに驚いて、でも次に私が感じたのはむなしさというか、やるせなさみたいな感覚だった。これだけのものが作れるのに、クオリティとしては充分なのに、「その程度」ならビッグサイトを埋め尽くすほどの人間に同じことができるのだ。そして、傍目にはほとんど同じようなものを売っているのに、あるブースでは行列ができ、別のブースは閑古鳥が鳴いている。その境界がどこにあるのか、あるいはそんな境界が本当に存在するのか、少なくとも作品だけを見ている限りはわからなかった。

プロアマの境がなくなってきていると言われる。様々なツールや業者が用意されている今、根気と情熱といくらかの金があれば、誰でもある程度のモノが作れるようになった。逆に言えば、そのレベルの人間が既に飽和している。
ブースの間を歩きながら、原宿を歩くときもいつもこんな気分になる、と思った。原宿という街には奇抜なファッションや髪色の人達がうじゃうじゃしている。だけど「人と違う自分でありたい」という同一のベクトルを持った人間が集まりすぎて、結果的にみんな埋没しているように見える。
何かになりたい人が多すぎる、と思った。
人は誰しも生まれてこのかた自分が主役、自分の視界だけで世界を展開してきた。自分は誰よりかけがえのない、重要な主人公だ。道を歩いていたら前から来た人が自分の顔をまじまじと見つめ、「君には才能がある。君は特別な存在だ」と言ってくれる妄想を、誰もが一度はしたことがあるんじゃないだろうか。
なんだかんだいって、みんな自分に秘められた可能性を信じている。なのに、一歩社会に踏み出すと誰も特別扱いなんてしてくれない。交換可能なその他大勢としての居場所しか用意されていない。そのギャップに戸惑って、受け入れられなかった人間が、這い上がるためにそのうち何かを作り始めるんだと思う。
デザインフェスタにはそういう人達が満ち溢れいた。それは出展者だけじゃなく来場者にも同じことが言える気がした。誰もが自分にしかわからない価値を見つけたくて、そして自分にしかない価値を見つけて欲しくてあの場に集まっているように見えた。そこにはあらゆる形での自意識が窒息せんばかりに氾濫していて、それはとても尊いエネルギーなのだろうけど、私はそれに酔って、息苦しくなってしまった。ここまで来たってまだ1万2千分の1の有象無象のくせに、と心の中で毒づいた。

結局、同族嫌悪なのだろう。私だって自分に特別な何かがあるという思いを捨てきれなくて、膨れ上がった自意識を持て余した人間だ。だけどその程度の存在はいくらでもいて、そこから頭一つ突き抜ける難しさを――何者かになるということの途方のなさを見せつけられて嫌気がさしただけだ。

私は私だ。そんなことは言われなくたってわかっている。でもそれだけじゃ満たされないのだ。どうしようもなく飢えていて、強欲だ。「自分は自分」という答えを拒絶するなら、何者でもない自分からスタートするしかない。無数の名前のない存在のひしめく中に飛び込んでいくしかない。たとえそれが、欠けた杯に水を注ぐようなことだとしても。

2015年5月10日日曜日

安全な部屋


焦っている。

やりたいこと、なりたいものと、そのためにしなければならないことが無限にある。しかしそこに費やす時間は余りに少ない。会社員だから週5日は労働で拘束される。通勤時間、昼休み、アイデアは次々と思い浮かぶけれど、腰を据えて取り組む余裕はない。だけど家に帰ってきて夕飯を食べると、まだ大した時間でもないのに横になってそのまま寝てしまう。予定のない休日には際限なく布団にくるまってうとうとしながら携帯をいじっている。仕事よりは好きな文章を書く方が当然楽しいけれど、それよりもごろごろ寝ている方がずっと楽だからだ。テスト勉強をするはずが部屋の掃除を始めてしまう学生と同じだ。怠惰で、集中力がない。尻叩きになるかもと壁に貼った「1日執筆1時間以上! やる前に寝ない!」と書いた紙がむなしい。

どうしてもっと頑張れないのだろう。本気なら寝る間も惜しんで文章を書けるはずだ。会社だって辞めればいいし、もっとボロい家に住んで新しい服なんか買わないで外食もしないでひたすら書いていくことだってできるのに、なぜそれができないんだろう。自分は本気じゃないのかもしれない、と思うことが苦しい。人生ってやつは、やりたいことをするには短すぎるけれど、それを諦めて生きるには長すぎる。


ラーメン屋で隣の席に、4、50がらみの夫婦が座った。

「○○さんちは子どもが2人とも就職して家出たんだって」
「へえ、人生あがりじゃないか」
 あがりってなによと妻は不満そうに訊いていたけれど、私には夫の言った意味がよくわかった。
 結婚して子どもを生み、育て、独り立ちさせたのだ。少なくともこの国の価値観において負うべき責務は一通り終えているように思える。もちろんその先も生活は続くにせよ、義務は既に果たしている。人生あがり、だ。
 今私の目指しているものは、そういう責務からは真逆にある。思いっきり逆走しながら、この道の「あがり」はどこにあるんだろうと思う。仮に結婚もしない、子どもも生まないとして、どこまで走れば、何を残せば私の人生は「これであがり」と認めてもらえるんだろう。

 この期に及んで「本気を出さない」ことで保険をかける自分が嫌だ。普通のベクトルに戻せるような打算を捨てられない自分が嫌だ。
 私だって負け戦がしたいわけじゃない。自分の書いたものが面白いって信じているから、夢が叶う可能性があると思っているから、そう思える限り突っ走りたい。だけどもしそんな可能性ないんならこの人生なんて明日にでも終わってほしい。毎日毎日焦りながら、自分の怠惰を見せつけられながら生きていくのは結構しんどい。命は短すぎるし、長すぎる。
 ゴールデンウィークにこじらせた風邪がなかなか治らない。薬を飲んで、月曜日からまた会社へ行く。
 私はまだこの安全な部屋から出られない。


2015年4月13日月曜日

マーブルマイワールド

 コンタクトを切らしてしまった。
 引っ越したので駅前の眼科に初めて行ったら、トライアルで何日か使ってからでないと売ってくれないという。
 平日に医者に行く時間なんて取れないから仕方なく眼鏡でやり過ごして土曜を待つ。
 ちょっとした手術があって父が入院することになった。自分は別の用事があるので、土曜日父に付き添ってほしいと母が言う。その翌日の日曜は出勤日だったから、土曜のうちに1週間分の掃除だの洗濯だの買い物だのを済ませなければならないからちょっと面倒だなと思った。
 ここ最近ずっと頭の中がとっ散らかっている。汚れた部屋を整理したら全部がらくただったみたいに、思いついて書いてみてはまとまりのない文章が出来上がって、フォルダの中には没になったワードファイルばかりが溜まっていく。
 1人暮らしを始めてから毎日ずっと自炊していたのだけど、遂にパンにも米にも麺にも飽き飽きしてしまった。なにより自分の作った食事に飽きている。だからと言って食べたいものも思いつかない。

 土曜日、眼科に行って医者と話してコンタクトの度数を下げることになった。またトライアルを使うことになって、またコンタクトを買うことができなかった。
 買い物をして洗濯物を干すともう家を出なければいけない時間だった。これから病院に行って父の夕食を見届けてとなると、帰ってくるときにはもうすっかり夜になっているだろう。明日以降のために少し料理して作り置きしないといけないし、今日は何もできない。明日はまた仕事だ……。
 頭痛を抱えながら、でも予定を変更することはできなくて電車に乗って病院に向かう。度数を落としたコンタクトは、眼科では大して違わないと思ったのにそれをつけて外を歩いてみると遠くの方が随分ぼやけた。
 自分のことなのに、ままならないことばっかりだ。薄っぺらいコンタクトレンズ1枚で見える世界の輪郭が滲む。時間も思考も肉体も、思うとおりには動かせない。自分の意思以外の余りにも多くの要素が混ざり合って私を決定していく。ままならない。なんだかうんざりする。
 ここのところ一時的に仕事が忙しいのが理由なのだと思う。疲れていて、何もかも面倒くさい。布団で寝たらそのままバターみたいに溶けていないかなとか、曲がり角から出てきたトラックが吹っ飛ばしてくれないかなとか、そういうことばかり思いつく。
 別に死にたかないが少し疲れている。あとはまあ、寂しいのかもしれない。彼氏がいたらいいかなあ。でも私は他人の体温が苦手なのであんまり接触はしたくないし、彼氏と言ってもそんなに頻繁に連絡を取ったり会ったりしなくてもいいし、そいつがどこの女といつ何をしていようが全然気にならないし、そういうのは一般的には彼氏とは呼べないらしい。
    付き合ったり結婚したりとかいうことを考えないわけではないけれど、想像してもどうもしっくりこない。1人でやりたいことが多すぎて、誰かと人生を分け合うイメージができない。どっかの占いの結婚運で「家事はするが家庭的ではない」と書かれていたのを思い出す。

 病院というのはもっと辛気臭い場所だと思っていたが、都心にあるせいなのか思ったよりずっとこじゃれている。ちょっとした展望レストランも24時間の売店もあるし、タリーズコーヒーまで入っている。
 ロビーで警備員のいる受付表に名前を書く。表には患者との関係性を記入する欄もあって、見ると妻、母、姉、見舞いに来ているのは女性ばっかりだ。
 大仰にもカードキーを翳さないと入れない(土日はそういうシステムらしい)病棟で父と面会する。
 中に入ってみて改めて思ったけれど、入院していてできることは余りにも少ない。想像するだけでぞっとするような暇さだ。退屈じゃないのか訊くと、慣れるよと父は答える。少し喋って、やたらと寒い談話室で並んで夕食を食べる。私はおにぎりとサラダを買った。病院の売店は割高だ。動かないで食べるばかりだから太りそうだと父が言う。お見舞いにもらったという帝国ホテルのチョコレートを2つ、持って帰れと渡された。

 翌日は出勤なので早めに病院を出る。帰りの電車は最後に川を渡る。外を歩きたくて、最寄駅の1つ前で降りる。
 川が好きだ。当然だけど川には建物がないから急に空が拡大する。押しつぶされそうな空には解放感がある。東京に住んでいるとそういう場所はなかなかない。本当に何もない広々とした田舎だと心もとなくなってしまうので、川という部分的な自然具合が丁度よいのだと思う。
 1キロくらいの橋を歩く。脇をハイウェイかと思うような速度で車が走っていく。実家の近くにも川があったけど、それより川幅がずっと広くて、水量も多くて、ちょっとした湖のように見える。強い風が常に吹いていて髪がなぶられる。
 少しつめたいくらいの風が心地よい。ソーダ水のように頭の中にふつふつと言葉が湧いてくる。まだずっと歩けそうな気がする。
1人で行くしかない道を選んでいる。それでも誰か一緒に生きてくれたらなと思っている。
    私は誰にも守ってほしくないし、支え合いたくないし、つらいとき傍にいてほしいと思わない。同じものを見たいとも思わない。ただ、一緒に戦ってほしい。戦う相手はそれぞれ別で構わない。戦っている人と背中合わせで一緒に生きていたい。そういう人と、混ざらなくても交ざりあって生きていけたらいいのに。

 家に帰ってもらったチョコの包みを開くと、ホワイトチョコとビターチョコのマーブル模様をしていた。

《告知》5/4文学フリマ出店します。

告知です。
5/4 東京流通センター 第二展示場で開催される第二十回文学フリマ東京に、サークル「好きにさせろよ」にて出店します。
出品は以下2点の予定です。

①『好きにさせろよvol.1』
本ブログ記事の抜粋+書き下ろしを加えたフリーペーパー

②『闇鍋』
満島エリオ他2名がそれぞれ記事を寄稿した雑誌形式の読み物です。私は小説にて『ひかりのふね』という作品を載せます。価格未定ですが32P 300〜400円になる予定。
 ブース位置 : エ-38 (Fホール(2F))
 カテゴリ   : ノンフィクション|雑誌
文学フリマ公式サイト:http://bunfree.net/?tokyo_bun20

以上、お待ちしております。

2015年4月1日水曜日

なる。

  植物の一斉に芽吹く匂いなのか、春は蠢き混ざり合うような落ち着かない香りが満ちる。    
  春がずっと苦手だ。いろんな事がいっぺんに変わって、また一から新しいことに順応しなければいけないことが苦痛だった。せっかくなんとか確保した居場所が取り上げられて、丸裸にされるようで嫌だった。クラス替えでグループを組んでくれる相手がいるかどうかは死活問題だった。春にいい思い出はない。


  近ごろ、「なる」という言葉をよく耳にする。
  顔を知っている最後の後輩が大学を卒業して、社会人になった。
  知り合いが国家試験に受かって薬剤師になった。
  仕事を辞めてもう一度大学生になった人もいる。
  彼らにとって、今日4月1日は新しい特別な日だろう。今までは私もそうだった。けれど社会人になって、その日付はなんの境にもならなくなった。桜はただ春の花として、咲いてはあっという間に散っていく。
  学生のころ、何もしなくても何かになれた。
  中学を卒業すれば高校生に。1年生は2年生に。大学生は社会人に。でなければその他の何かに。その時々で受験や就活なんかのハードルはあったにせよ、時間の流れとともにベルトコンベアのように自動的にその段階はやってきて、その段差を上ればよかった。
  でもこれから先はそうではない。自分から何かになろうと思わなければ何にもなれない。     
  季節はらせんみたいに途切れることなくただ延々と続く。春はもう待ってくれない。
  そこで私は大きな思い違いに気づく。「何か」にはいつでもなれるかもしれない。でも「なりたい何か」になるためには相応の努力が必要だということ。今までこれからだって、それは同じだ。ただ、これから先は努力の他に、今いる場所から飛び出す覚悟が必要になる。
  これから先の人生で、まだ私はなにかに「なる」ことができるだろうか?


  家の近くに小さなグラウンドがあって、休日のたびに少年野球チームが練習している。
  ある日通りがかったら練習試合をやっていた。マウンドに立つ少年が投げる。監督から檄が飛ぶ。一つの白球に集まる視線。緊張感。小さな体をユニフォームに包んだ少年が、もう一度球を握りしめる。その姿が孤高で、息を飲むほどかっこよかった。
  小さくても幼くても、土のダイヤモンドの真ん中で彼は確かにピッチャーだった。
  甲子園で、メジャーリーグで、いつかマウンドに立つ日が来るのかもしれない。
  それが彼の夢なら叶えてほしい。

  彼が「なる」姿が見たい。

2015年3月1日日曜日

終わってしまうとほっとする話


終わってしまうとほっとする。
前々から計画していた旅行も、友達と会う約束も、楽しみにしていた番組も。
待ち遠しかったのも本当だし、楽しんでいるのも本当なのに、そのさなかではいつもある種の緊張感に晒されている気がする。
あとこれしかない、ああもうすぐ終わっちゃう。笑いながら、心のどこかの部分では横目で終わりまでの時間を気にしている。砂時計の砂が落ちるのをただ見つめさせられているような、じりじりとした焦りともどかしさ。
だからそれが終わるとき、張り詰めたものがゆるんで、ほっと安心する。


 それじゃあまた、と言って誰かと別れるときにだけ感じる種類のさびしさがある。
 さっきまで時間を共有していた人がこちらに背を向けて歩き出すのを見るとき、あの人には帰るべき日常が別にあるのだ、と気づいてはっとする。あの人は、もう私と同じところに属してはいないのだ。そして、 1人になった帰り道でひどく心もとない気持ちになったりする。自分が一体何者で、今どこにいるのかが途方もなく不確かなことに思われる。

 学生のころはそんなふうに感じることはなかった。教室は閉鎖された息苦しい空間だったけれど、少なくともそこには自分の机があり、出席番号があり、毎日決まった顔ぶれが揃っていた。友達とは昨日の続きから話し始めることができた。中間試験と期末試験があり、季節ごとのイベントがあり、 1年生が終われば2年生になった。すべては煩わしいほどに繋がっていた。自分がその一連の中に属しているということを、確かめるまでもなく知っていた。

 今は違う。自分の中に平日と休日を切り替えるスイッチがあって、仕事をしているときと休みのときの私は別の回路で動いている。土曜日になって前回の休みにやりそこねたことを慌てて片づけ、月曜日には鈍った頭をなんとか働かせてペースを取り戻す。比較的頻繁に会う友達でもひと月に一度程度しか会えず、会話は近況報告から始まる。それから昔のネタでひとしきり盛り上がって、体内の時系列がめちゃくちゃになったところで「じゃあまた今度」で現実に放り出される。それでいつも途方に暮れてしまうのだ。今はいつで、私はどこにいるんだったっけ。


 大人になった今、時間も人との関わりも、あらゆることがぶつ切りになっている気がする。ばらばらになった要素をかき集めて並べてみてもうまくつながらない。自分というものの輪郭が見えない。ふっとそのことに気づくたびに恐ろしくなる。踏みしめていたはずの地面がぐらぐらぐにゃぐにゃと歪んでいるようだ。
 そのぐにゃぐにゃから逃げるために約束するのかもしれない。人と会って、旅行に行って、休日と手帳の空白を埋めて、「またね」でもう 1度約束をする。そうやって、自分を確かなものに繋ぎとめようとしているのかもしれない。

 つなぎ続けなければ失われてしまうという強迫観念に追われて、積み上げた端から崩れてしまうものを、なくならないように必死に重ね続ける。そうしなければ自分というものが失われてしまう気がする。
 その焦りから解放されるための手段の一つが、誰かと付き合ったり結婚して家族になることなのだろうと思っている。そういう社会的な枠組みの中に入ってしまえば、自分のことは社会が勝手に定義してくれる。
 でもそれが、私にはとても不安定なものに思えるのだ。自分以外の人間によって与えられた場所なんて、その誰かの翻意によって簡単に覆る可能性がある。その場所は本当に安寧なのだろうか?

 本当の安らぎ、みたいなものは、全部なくなった後にしかないのかもしれない。どん底までいってしまえばそれ以上落ちることがないように。
繋いでいたものが終わってしまったとき、私はやっぱり少しほっとするのだろうか。

2015年2月21日土曜日

プラスマイナス


 人は新陳代謝によって、約3ヵ月で全身の細胞が入れ替わるのだとかいう。
1人暮らしを始めてから料理をするようになって、ほぼ毎日3食自分の作ったものをべている。家を出たのが12月末だから、今の私の体の3分の2は私の作ったもので構成されているということになるのだろうか

年度末が近づいて、呑気なうちの会社も少しずつ忙しくなってきた。時計の針が一回り遅い時間に帰宅して夕食を食べるとそこで力尽きた。皿も洗わなければいけないし風呂にも入らなければならないとわかっていたけれど、ちょっとだけ、のつもりで横になったら目が覚めたのは夜中の3時だった
流しにたまった皿を見てうんざりしてしまって、全部明日に回して着替えて寝てしまおうかと思ったが、明日は燃えるごみの日だ。一度逃すとえらいことになると既に経験済みだから、こいつだけはやっつけておかなければ寝られない。ごみ箱や流しの生ごみを集めて袋にまとめ、屋内ごみ捨て場なんて気の利いたものはないから上着を羽織って外へ出て、何製なのか重たい金属のダストボックスに放り込む。そんなことをしてたら眠気はどっかにいってしまって、今全部片づけてしまうことにした。

洗う暇のなかった朝食の分と、弁当箱と、夕食の分と調理器具、狭いシンクの中でちょっとした山を形成している皿を黙々と洗う。その間に、ここまできたら風呂でも入ってやろうと湯船に湯を溜めた。
風呂釜に追い炊き機能がついていないので、なかなか風呂には入れない。残り湯は明日の洗濯に使おうと心に決めながら久々の湯船に浸かった。「至福」と思いこもうとしたが、50度近くに設定したはずの湯はあっという間にぬるくなっていく。それでも、せっかくここまで溜めたのだからと貧乏人根性ですぐには出られない。
 
当然脚を伸ばす広さはない湯船の中で、体の温まる実感も得られないまま湯に浸かりながら、私はちゃんとやれているだろうか、と思う。
毎日毎日飽きもせず、寝て起きて食事をしてシャワーを浴びる。大した生産性もないのに3食プラスおやつも食べる。体を洗えば垢が出て、髪を洗えば排水口には抜け毛がたまる。ごみの日には、自分1でもごみ袋はそれなりにいっぱいになる。
この生活で私が生み出すプラスと消費し浪費するマイナスは到底釣り合いそうもない。続ければ続けるほどマイナスがかさむばかりのように思える。社会貢献とか人助けとかそういう話ではない、私個人の人生の収支の問題として。

 人生なんて、そうそうプラスにはならないのかもしれない。最終的になんとかプラスマイナスゼロに帳尻を合わせようとする試行錯誤なのかもしれない。ならばまずはせめてゼロでありたいと思う。私にとってのゼロというのは、自分のことを自分でできるということで、「ちゃんとやる」という言葉の意味だ。

 自分で作って自分で食べて、こうやって生活を続けていけば、いずれ私のほとんどは私自身によって構成されるようになるだろう。決して100%にはならないにしても。そうしてゼロになった先で、最後の最後には、私の針がほんのわずかでもプラスにふれていてくれることを、ぬるい浴槽の中で願った。

2015年2月11日水曜日

女子校の男役

 私は中学高校と女子校に通っていた。
当然同級生には見たわす限り女しかいないわけだが、その中に「男役」をやる子が何人かいた。
男役ってなんだよって、うまく説明できないのだが、例えば、クラスメイトのことをかわいいかわいいとやたら褒めたり、過剰に女の子扱いしてエスコートしたり、あるいはおちゃらけたキャラクターで「ネタにされてもいい」「いじってもいい」という、たぶん共学だったら男の子がついていたんであろうポジションに納まっている子がいたのだ。そういう子は、全部がそうというわけじゃないけれど、大概背が高かったりほかより体格が良かったり、髪が極端に短かったりした。
 
勘違いをしてほしくないのだけど、あれはボーイッシュとか男勝りとかいう生来の気質とは全然別のものだった。彼女たちは一様に、そういう男役を「演じていた」。
私は同い年の女の子をちやほやしてあげるなんて絶対嫌だったし、逆にもてはやされるのも居心地が悪かったからその行動は全然理解できなかったけれど、あえて言うならあれはサービス精神だったのだと思う。女しかいない環境で、女の子を女の子扱いしてあげる役割を自ら買って出てくれていたのだ。 


高校を卒業して、私を含め同級生は大概みんな大学に進学した。女子大じゃない限り、そこには当然男がいる。今まで何も考えていなかったのが「男の目」というものを急に意識しだして、私たちは慌てて化粧を覚えたり洋服に気を使うようになって、四苦八苦しながら色気づく
「男役」を演じていた子たちも、本物の男が出現したことによってその役割から解放される。○○に彼氏ができたらしいよ、ラブラブらしいよ、なんて話を風の噂に聞くと、なんか不思議なような、おかしいような気持ちになる。なんだよ、やっぱただの女の子だったんじゃん。

 Facebookというのは恐ろしいツールだと思う。ひとたび「友達になる」を押してしまうと簡単には外すことができない。コミュニティが変わっても、方向性が遠く離れても、タイムラインに上がればその人の今が見える。
同級生たちの中で大きな変貌を遂げる人がいないわけではないけれど、だいたいみんなそんなには変わっていなくて、高校生のときの延長線上にいるのがわかる。
そういう中で、かつて「男役」だった子がめちゃくちゃ女らしくなっているのを見ると、ちょっとなんか、びっくりする。髪を巻いて、ふんわりした素材の服を着て、一番かわいい「完璧な角度」で映っている写真を見ると怖くなる。
平等に年を取っているから個人差はあれみんな少しずつ女らしくなっていくけれど、彼女たちにはそういう自然の変化だけじゃなくて、かつて「男役」だった反動みたいなものが加わっているように見えるのだ。
それを見ると、私はいつもよくわからないもどかしい感情に囚われる。そういう服着たいんじゃん。かわいいもの好きなんじゃん。女の子扱いされたかったんじゃん。それなら、高校生のあの時だってそれでよかったのに。


どうしてあのころ、「みんなで女の子」でいられなかったのだろう。男役なんていなくたってどうにでもなったはずなのに。それともそう思っていただけで、私たちは無意識に「男役」を必要としていたのだろうか。自分が「女の子」でいるために誰かを犠牲にしていたのだろうか。責任感の強い人がいつでも貧乏くじを引かされるみたいに、彼女たちに「男役」を強要していたのだろうか。あれは本当に、彼女たちのサービス精神だったんだろうか。

 彼女たちのかわいさが、私には復讐みたいに見える。そんなの勝手な想像で、思い込みで、たぶんこういう風に思われることこそ彼女たちが一番嫌がることなんだろうけど、私はとても怖い。
 本当は「女の子」しかいなかったあの場所で、「男役」を生み出させた見えない怪物の存在が。それが、もしかしたら自分だったかもしれないことが。

2015年2月8日日曜日

お早めにお召し上がりください。

 言葉はなまものだ。頭に浮かんだ直後から劣化していく。

 こうして日常的にブログを書くようになってからは特に、私は日々、ネタになることがないかと目を光らせて生活している。ただ、いいフレーズとか書きたいことを見つけても、当然ながらいつもすぐに書き出せるわけではないから、手帳なんかにアイデアの断片を書きつけておく。
 だけど、さて書こうとパソコンの前に座ってみると、自分が何を言いたかったのかもうわからなくなっている。もちろん手帳を見ればキーワードは残っているから、そこから思い出していくのだけど、既に「思い出す」という手順が必要になるくらい、その瞬間の感情からは遠ざかっているのだ。

 この言葉の劣化速度にはおそるべきものがある。生卵よりも桜の花よりもひどい。光速とは言わないが、ジェット機くらいの速さで腐っていく。砂が風に飛ばされていくように容赦なく「ほんとうのこと」が失われていく中でなんとかそれを形に残そうとする、文章を書くことはいつもいつもその繰り返しだ。

 
 ある程度の長さの文章を、テーマから大きくぶれることなく書くためには構成が必要になる。書きたい要素を挙げ、話の流れを決め、並べ替えたり削ったりしながら手触りよく見栄えよく仕上げていく。
だけど、そうやってこねくり回しているうちにも言葉は駄目になっていく。人の気持ちなんて実際にはガタガタでぐちゃぐちゃで支離滅裂なはずのものを、わかりやすくきれいなものへと加工するのだから、どんどん不純物が混ざって本来の形から変容していくのは当たり前だ。
ほんとうのことを切り取りたいと思うのに、工夫すればするほど、時間をかければかけるほど偽物になっていく。

 最近、田口ランディのエッセイを読んだのだけど、そこに少しだけ似たようなことが書かれていた。

『昨年、私は屋久島の自然と人間について書いたエッセイ集を出した。それを執筆している時にいつも感じたのは、書けば書くほど「屋久島」という自然から遠ざかっていくもどかしさだった。自然について書こうとすると、文章から意味がはぎとられていく。しかしそれではなにかこう心に訴える感動のようなものがない気がして、私はとにかく自然の中に意味を意味を意味を探し続けた。精神的な意味、科学的な意味、神話的な意味。
 でも、その作業を続けながら、なにかがうと思っている自分がいる。』
(『もう消費すら快楽じゃない彼女へ』田口ランディ)

 言葉に無理矢理特別な意味を付与しようとする「あざとさ」が、かえってその本質から離れさせてしまうのだ。
 同じレベルで語るのはおこがましいけれど、うまく伝えようとすればするほど言葉が空回りしていく感覚は私にもわかる。

 もしかしたら、言葉というツールはそもそも何かをありのままに表現するのには向いていないのかもしれない。
 言葉はもともと不完全で欠陥だらけの代物だ。使う人間も不完全だ。表現しきれなくていらいらしたり、伝わらなくてもどかしいことがいくらでもある。
 だけど、会話するにも手紙を書くにも言葉が要る。言葉でしかコミュニケーションできない場面に無数に出くわす。私たちは言葉を使うしかなくて、言葉が不完全だからこそ、本当に何かを伝えたいときに必死になる。

「言葉を尽くす」という言葉が好きだ。そこに垣間見える本気と情熱が好きだ。それだけは本物だと思う。だから私は言葉が好きだ。
 そうやって、ほんの一瞬でもほんとうのことが光る瞬間があるのなら、私はいくらでも書く。なまもので、あっという間に嘘になる言葉を使って。

2015年1月29日木曜日

世界の果て


川を越えると私の町だ。

 家は駅から少し離れていて、大通りを外れた細い道のどんずまりにある。周囲はコンビニもないような住宅地で、8時にもなればすっかり人通りはなくなる不便だし、夜1で歩くのに安心安全とは言いがたいが私はこの道のりが嫌いではない。遠くのスカイツリーの胴体を白い光がぐるぐる回っているのを眺めながら帰り道を歩いていると、まるで世界の果てへ向かっているような気がする。

人と飲んだ帰り、酔い冷ましにはいささか寒すぎる中を歩く。時刻は零時に近く、息を吸い込めば静けさで肺が満たされそうだ
 明日は月曜日だから、きっちり朝起きて仕事にいかなければならない。ふと、生乾きの洗濯物を部屋の中に干したままにしておいたことを思い出す。そういえば昨日も一昨日も風呂場の髪の毛を取るのをさぼっていたから、排水口がえらいことになっているかもしれない。作り置きした野菜炒めも食べきらなければいけないし、朝食用の食パンはもうすぐなくなるはずだ。
色々なことが芋づる式に思い出される。自分1人の生活でもやることは山積みで、生きていくことは煩わしいことだらけだ。


私の部屋にはテレビがない。面白いと思える番組は少ないが、あればついつけて見てしまうから。時間を浪費するのが嫌だったから、テレビを持ちたくなかった。音と情報はラジオと携帯から得ればいいと思った。
 
 
 テレビを持っていない、と言うと結構驚かれる。大丈夫? とか、それでいいの? とか妙な心配をされる。いや、テレビってあるとだらだら見ちゃって、時間がもったいないじゃないですか、と私は答える。そうすると、次に必ずこう訊かれるのだ。「じゃあ、その時間なにしてるの?」この質問をされると、私はいつも困って、言葉に詰まってしまう。
 
1人暮らしを始めたらもっと本を読もうとか、文章を書こうとか、アニメを見ようとか料理をしようとかマスキングテープであれこれデコろうとか展望はもちろん色々あったけれど、要するに私は自由な時間が欲しかった。なにをしてもいいし、なにもしなくてもいい時間が。
 
マグロだかサメだか、泳ぎ続けないと死んでしまう魚のように何かをしていないと耐えられないという人がいる一方で、全然なにもしなくても誰と会わなくても平気な人間というのがいて、私はそっち側の人間だ。じっと海底にうずくまり、ひたすら息をひそめる深海魚のように、何もしなくてもいいし、余計なことをしなくて済むことを望んでいる。だから、テレビを省いて浮かせた時間に何をしているのかと訊かれると、「何もしてません」と矛盾した答えしか出ないことがある。

 だけどそれを人にどう説明すればいいのかわからない。ありのままに話せば怠惰で根暗だと思われそうだし、そりゃ怠け者で根暗なのは事実だけど、率先してそういうイメージを作りたいわけでもない。しょうがないから「料理とか掃除とか家事やってるといつの間にか時間経っちゃうんですよ」などと適当に濁す。我ながらつまんねえこと言ってるなと思うし、答えになってないとも思うけど、とりあえずその話題は終わってくれる。
 そうして今度は、人と関わる煩わしさにため息が出る。


 1人暮らしをするとき、なるべく余分なものは持たないと決めた。余計なものを切り捨てていけば、その分自由になれると思っていた
 けれど蓋を開けてみれば、ただ生活するというだけでこなさなければならないことがいくらでもあった。テレビを排除することができても、かわいい雑貨を買い集めることはやめられなかった。家に帰れば1人でも、誰かとやりとりする中で相手に自分の考えを伝える難しさと面倒くささは変わらなかった。どこまでいってもがんじがらめにされている感覚は消えなかった。
 煩わしい。何もかもが煩わしい。だけど、私の思う自由って一体なんなのだろう。自分の周りにあるものを余分なものと決めつけて捨て続けて、それで最後になにが残るんだろう。
 私は、何のために川を越えてこの町にやってきたんだっけ。


 すれ違う人もいない夜中の道を1人、私は私の家に向かって歩く。どことなく寂しくて、どうしてかほっとする道のり。
 私は世界の果てに行きたかったのかもしれない、と思う。これ以上進めないし、これ以上進まなくていい場所へ。
 大通りを外れた細い道のどんずまりにある、世界の果てに似た場所で今日も眠る。