2015年6月14日日曜日

ラン

 ここ1ヵ月ほどで、色々なことが目まぐるしく起こった。
 本を作って5月の頭に文学フリマに出店し、デザインフェスタのスタッフをやって、フリーペーパーをONLY FREE PAPERに納品、1週間経たずに頒布終了。
 6月しょっぱなは棚ぼたでどさくさにまぎれて雑誌『ダ・ヴィンチ』に載り、ネットプリントで新しい連載の配布を開始した。
 信じられないスピードで、一足飛びに進んでいる。非常にいい感じだ。いい感じ、のはずなのに、なんとなく不安で、満たされないのはどうしてだ。

 ONLY FREE PAPERへの『好きにさせろよvol.1』の納品をFacebookに書き込んだら、今までにないくらいの「いいね!」がついて、私はしつこいくらいに更新ボタンを押しては評価が増えるのを見てにやにやしていたけれど、そのうちなんだかむなしくなってきてしまった。べつに、SNSで「いいね!」をもらうために頑張っているわけじゃない。
 誰かの別の投稿で、私の書きこみはあっという間にタイムラインを流されていった。この程度か、と思った。こんなんじゃ全然駄目だ。もっと、消えない何かを残せなきゃ駄目なのに。

 何か1つのことをやり終えたあとに残るのは、いつだって達成感じゃなくてなんとなく空虚な気持ちだ。ここまでやったのに、世界はまだ全然変わらない。あと何をすればいいんだろう。次はどっちへ進めばいいんだろう。そういうことが全然見えなくなって、目的地を見失ったような、重大な欠落を発見したような気分になって、途方に暮れてしまう。
 不安で、なんだかたまらないような気持ちになって、焦りながら次の手を考える。追い立てられるように次の文章を書き始める。自分が目標に向かっているのか、それともこの不安に取り込まれないように逃げているのか、もうよくわからない。

 デザインフェスタで面白い人に出会った。
 その人はなぜか、専門でもないのに物理のテキストを熱心に読んでいた。なんでそんなもん読んでんの、と訊かれて彼は「この知識はいつか絶対必要になってくる。将来そういう専門の人と対等にビジネスの話をするためにはこれだけじゃなくて、なるべく全部の分野について勉強して知っておいた方がいい」というようなことを答えた。だから大学時代から休み時間はいつもこうやって専門外の勉強をしていると。いつか起業したいと彼は言った。口調にも姿勢にも、全然淀みがなかった。
 この人は前しか見てないんだ、と感嘆とともに思った。やりたいことが決まっていて、それを実現するための道筋も明確に分かっている人間は、あとはひたすらその道を進むだけなのだ。周りなんて見ていないし、誰かと速度を合わせるなんてこともしない。その姿は、単純にかっこよかった。
 何かを本気でやっている人に認められるには、その人の横に並ぶくらいじゃたぶん足りないのだと思った。もっと速く走って一瞬でも追い抜いて、自分の背中を見せなきゃ視界になんて入れない。きっと、苦しくてまぶしい世界だ。そこでは誰かの評価を気にしたり、不安を抱いたりする暇はない。ただひたすら先を目指す人だけが美しい場所なのだ。

「誰かが見てくれている」と思えることは、何かを続ける上でこの上ないモチベーションになる。私がこのブログを飽きることなく、わりかし定期的に書き続けられているのも、たまに会う友達が「読んでるよ」と言ってくれたり、ツイッターで更新を呟くと閲覧数が伸びたりするからだ。だから、Facebookでたくさん「いいね!」をつけてもらうのだって当然嬉しいし、エネルギーに変換されている。
 だけどその一方で、そんなもの全部振り払って進みたいと思う。使い捨ての「いいね!」になんて捕まりたくない。安全な場所からの称賛なんて聞きたくない。誰も何にも気にしないで、前しか見ないで、限界よりも速く走りたい。走ること自体が楽しいって気持ちで、足が動く限り、どこまでだって。

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