2015年1月11日日曜日

永遠に解けなくていいー森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』

※盛大にネタバレを含みます。
 

『ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。
だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。』

  冒頭のこの文と違う事なく、ぼくことアオヤマ少年(小学4年生)は毎日たくさんの本を読み、いくつもの研究をかけ持ちし、すべてをノートに記録している。彼は5歳の時から怒らないと決めていて、怒りそうになるとおっぱいのことを考える。それから時々、歯科医院のお姉さんと「海辺のカフェ」でチェスをする。「お姉さんは興味深い」とのたまい、お姉さん研究をすすめる。
  そんな「ぼく」の住む町に、ある日突如としてペンギンが出現する。「ぼく」は、「ペンギン・ハイウェイ研究」と名前をつけて、ペンギン達について調べ始めるのだった。


  歯科医院のお姉さんはウィットに富んだ豪胆な女性で、「ぼく」を子ども扱いしたり大人扱いしたりえこひいきしたりする。お姉さんは海辺の町の出身で、いつか一緒に行く約束をしている。
「ぼく」はしばしばお姉さんのおっぱいを眺めては、「なにを見ている」と怒られる。そして、なぜ母のおっぱいを見たりはしないのに、お姉さんのおっぱいはいくら見ていても飽きないのだろうと考えたりする。
  お姉さんの家へ招待されて、一緒にお昼を食べたりもする。お姉さんの部屋で、眠ってしまったお姉さんの寝顔を見て、どうしてこんなに完璧なんだろうと思う。

『大人の女性は、大人の男性をカンタンに部屋に入れたりはしないそうである。その男性の前で眠ってしまったりもしない。そういうことは恋人同士になってからするのだ。お姉さんはぼくを部屋に入れて、ぼくの前で眠ってしまった。お姉さんがそうするのは、ぼくがたんに子どもであるからだろうか。』

「ぼく」は認めようとしないけれど、どうしようもなくお姉さんに恋をしているのだ。


  私はアオヤマ君ほど賢くないし、勤勉でもないけれど、彼の日常には、はっとするほど自分の経験と重なる瞬間がある。
  例えばどうしようもなく嫌な奴がいること。思いがけないきっかけで友達ができることがあること。真夜中に目が覚めてしまって、世界に1人きりのような気分になること。宇宙の果てや死について考えだして恐ろしくなること。母親には言わないことを、日曜日のふとした瞬間に父親に話したりすること。寂しくてしょうがない日が時々やってくるけれど、それを自分ではコントロールできないこと。年上の人に憧れたりすること。
  小さな、どうってことないエピソードがいくつも積み重なって、私は自分と似ても似つかないアオヤマ君に感情移入してゆく。そしてアオヤマ君と一緒に、お姉さんのことがどんどん好きになってゆく。


  ある時、お姉さんが放り投げたコーラの缶がペンギンへと変化するのを「ぼく」は目撃する。お姉さんはその理由が自分でもわからないと言う。
  実験をするうちに、お姉さんはペンギン以外のものも作り出せることがわかってくる。花や、シロナガスクジラや、ジャバウォックだ。そして、それと同時期に森の奥の草原で不思議な水の球体「海」の存在を発見する。奇妙な現象が続くなか、渦中のお姉さんは言葉を変えて繰り返し「ぼく」に言う。
「謎を解いて、少年」
  わからないと言いながら、既に答えに辿り着いているみたいに。自分自身で答えを出すことを恐れてるみたいに。
  そして、「海」が急激に拡大し始めたとき、「ぼく」の中ですべての謎の答えが繋がってゆく。
「海」を調査していた調査隊の5人が行方不明になり、町に異変が広がってゆくなか、「ぼく」は1つの仮説を胸にお姉さんのもとへと向かうのだったー。


『お姉さんは人間ではない』

  アオヤマ少年はお姉さんに告げる。
「海」が世界の綻びであること。ペンギンとそれを作り出すお姉さんは綻びを直す存在であること。
「ぼく」はアオヤマ仮説を淡々と述べる。その仮説では、世界が完全に修復されたとき、ペンギンとともにお姉さんも消えてしまうと知りながら。
  既にアオヤマ君になりかかっている私は、苦しい気持ちでページをめくる。

『それだけえらくなったら、私の謎も解けるだろうな。そうしたら私を見つけて、会いにおいでよ』

  そうして、お姉さんは消えてしまう。
  悲しい。非常に悲しいけれど、この作品はこの後の数ページがとてつもなく素敵だ。

『世界の果てに通じている道はペンギン・ハイウェイである。その道をたどっていけば、もう一度お姉さんに会うことができるとぼくは信じるものだ。これは仮説ではない。個人的な信念である。』

「ぼく」は泣かないと決めている。泣かずに毎日勉強し、筋肉をつけ、大人になってゆく。そしていつか謎を解いて、お姉さんに再び出会うだろう。
  この本を閉じるとき、私はもう既に、アオヤマ君と同じようにとてつもなくお姉さんに会いたくなっている。
  それと同時に、もう大人で女で、お姉さんの立場に近い私は勝手に、アオヤマ君が大人になってしまうことが怖い気もする。いつまでも変わらず、追いかけ続ける少年のままでいてほしいような。
  だからほんの少しだけ、謎が永遠に解けなくてもいい、なんて思う。

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