学生のころ、飲み会が終電前の微妙な時間に終わった時、必ず誰かが「これからどうする?」と言った。もう1軒どこかへ行ってそのままオールするか、ここで切り上げて帰るか、という意味だ。いつも同じようなメンバーでつるんでいて、その中でいつも残るメンツというのも大体決まっていた。私は帰らない人だった。ある時期には、帰らなすぎて親にめちゃくちゃ怒られたこともあるほど。
今振り返ると、1番頭悪くて、1番楽しかった時期であるような気がする。私は冴えない地味な女子高生だったので、友達や先輩と毎日のように遊び暮らす日々は余りに楽しくて、楽しすぎて、現実じゃないみたいだった。高校生の頃には想像もできなかった未来だ。こんなに楽しい中に自分が加わっていることが不思議なくらいだった。
だからかもしれない。「これからどうする?」と聞かれた時、私はどうしても「今日は帰る」と言えなかった。アルコールの力を借りた夢心地から離脱してしまうのが名残惜しかったのももちろんあるけれど、ここで帰ってしまったら、リセットされて自分の居場所もなくなってしまうような不安がどこかにあって、自分からは帰ることを選べなかったのだと思う。だから、正確に言うなら、帰らないのではなく帰れなかったのかもしれない。
帰らない人が決まっているように、帰る人もだいたい決まっていた。そういう人は、今日は帰ると決めた日には、誰がどうやって引き留めても首を縦に振らなかった。まだ明るい駅の改札に吸い込まれていく背中を見るたびに、置いて行かれたような、裏切られたような気分になった。そうして、自分の意志でここから出ていける彼らにいつもひっそりと憧れた。
オール明けの朝には化粧も落ち切ってひび割れたしゃがれ声しか出なくて、頭は脳みその代わりに石でも詰められたかのように重く働かず、麻薬の切れた中毒者のような有様で始発に乗る。電車に乗ってしまえば、いずれは1人だ。白けるような朝焼けの街が通り過ぎるのを、まぶたの落ちそうな乾いた目でぼんやり眺めて、そこまで来て毎回思い知らされる。朝まで残ったって、結局は寂しいんじゃないか。
*
先輩の新婚のお宅にお呼ばれした。みんなで信じられないほど飲んで笑って、あっという間に時間が過ぎた。「終電で帰ります」と言うと、泊まって行けばいいのに、と言われた。何人かの人は最初から泊まる予定であったらしい。
ものすごく名残惜しかったけれど、泊まりの道具も持っていないし、オールの翌日は昼まで寝てしまってなにもできなくなるからと辞退した。その時は言わなかったけれどもう1つ理由があって、その日私は、自分で帰ると決めてちゃんと帰るというのを実行したかったのだ。
泊まり組に手を振って、1人夜中のホームに立つ。ベンチに座ったおっさんが、びっくりするほどでかいくしゃみを何度も繰り返す。終電に乗り込むと、中の空気は重力がきつくなったかのように重苦しく、ぽつりぽつりと座る乗客は眠ったり、携帯を弄ったりしながら終点を目指す。
ネオンも消えた街を明るい箱に乗って進む。私は微かに酔いながら、残った人達のことを考える。今頃、さっきのウノの続きでもやっているだろうか。もう何時間かすれば、きっと真夜中にしかできない話が始まるだろう。残ればよかったな、と考えないようにしていたことがよぎる。私も聞きたいことや話したいことがいくらでもあるのに。
そうして、今さらになって気づく。あの時、誘いを断って帰ったあの人も、たぶんこうやって名残惜しくて寂しかったはずだ。どれだけ楽しくたって、何時に解散したって、最後は自分1人なんだ。なんだかできすぎなくらい示唆的だ。
帰れるか、帰れないかじゃなく、それを自分で決める人になろう、と思った。そしてそれは、「帰れる」「帰れない」に限ったことではない。なにせこれは示唆的なお話なので。
そうして帰りの電車に揺られながら決めた。次の機会があったら今度は帰らない。
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