2016年9月24日土曜日

23時に待ち合わせ

す23時に東京駅で待ち合わせをしたことがある。
相手は年上の男性で、その人とはしばらく前から付き合っているようないないような、あいまいな関係が続いていた。
駅の近くのビルで遅い食事をしてから、私たちは行幸通りを抜け、皇居の周りを歩いた。
完璧に整備された深夜の丸の内は美しく、そして恐ろしく静かだった。空間を切り取って、そこをそっくりそのまま無音にしてしまったかのようだった。時々「本当に静か」と言葉に出して確かめなければ、世界から音がなくなったのではないかと錯覚するほど。

時刻は午前2時になろうとしていた。当然終電は終わっている。タクシーを捕まえ、乗り込みながら連れの男性が「近くにホテルはありますか」と訊いた。運転手はこちらを見もせずに「ラブホテル?」と聞き返した。それまでその男性とそういう行為をしたことはないし、そういう雰囲気になったこともなかったが、そりゃあこんな時間に男女がホテルを探しているのだから、誰にだってそう見えるだろう。そのことが、お腹がいたくなるほど私をナーバスにさせた。
いや、ラブホテルじゃないほうがいいんですけど、と彼は気まずそうに言い、結局私たちは5分ほどいったところにあるビジネスホテルに下ろされた。ラブホテルもビジネスホテルもほとんど入ったことがないので比較はできなかったが、小奇麗でそんなに安くないところのようだった。
ツインベッドルームの部屋に入ったとき、どうしよう、どうしようとぐるぐる回ると進まない思考で頭がいっぱいで、私は口もきけないくらいになっていた。
私はこの人がなにを望んでいるかわかっているし、この人は私のことが好きなのだろうし、私もこの人のことが嫌いなわけではないし、処女でもないし、だけどもう一歩もその人に近づきたくはなかった。その人の欲望とか、感情を見たくないし、触れたくなかった。今からでも、歩いてでも家に帰りたかった。

いつからこうなったのかわからない。私は人から好意を向けられること、その感情が相手に触れたいという欲望に繋がっていくこと、他人に肌に触れられることが耐え難いほど苦痛になっていた。
なぜここに来てしまったんだろう、と思った。23時に待ち合わせしたら、帰れなくなることなんてわかりきっていたのに。この人が期待していることも、自分がそれに応えられないことも知っていたのに。
その人を傷つけたり、恥をかかせたり嫌な気持ちにさせたくなんかなかったけれど、私はもういっぱいいっぱいで、これ以上なにも見たくなくて、「眠いですね、眠い眠い」とわざとらしく繰り返して、布団にもぐりこんでその人に背を向けた。目を閉じたけれど体は緊張で強張っていた。電気を消してしばらくして、その人がこっちのベッドにうつってきて、私の名前を呼んだような気がするけれど、私は答えず、微動だにせず、ただ早く眠ってしまいたかった。
何時間かして朝が来て、窓の外が明るくなっているのを見たとき心底ほっとした。2人で起き出して、その人がホテルの薄っぺらい寝間着から昨日来ていた服に着替えたときもっとほっとして、その人を好きな気持ちが少し戻ってきたのを感じた。
私たちは何事もなくホテルをチェックアウトし、セルフサービスのカフェで朝食を取り、東京駅で別れた。

1人中央線に揺られながら、寝不足のぼんやりした頭の中で、タクシーの運転手が言った「ラブホテル?」という言葉が頭の中で何度も何度も繰り返された。
好きあっている大人の男女はセックスをする、というシステムが私には理解できない。好きだから触りたいという感情のメカニズムがわからない。私は誰にも触りたくないし、触られたくない。
電車の中で携帯電話で、「ノンセクシャル」という言葉を検索した。その単語を調べたのは初めてではなかった。掲示板とか知恵袋がいくつも出てきて、上から1つずつ選んで読んでいくうちに私は泣いていた。私はまともではないのかもしれない、と思った。

いつからこうなってしまったんだろう。少なくとも最初からではなかった。抱きしめられたり、手を繋いだりすることに幸福を覚えていたときも確かにあった。何があったわけでもないのに、そう思える気持ちは年々目減りしていって、今では母親に腕を触られることさえひどく不快だ。その上相手が自分を好きで触れてくるなんて、もう本当に耐えられない。
こんな人間が、誰かと一緒に生きていけるんだろうか。誰かと付き合ったり、ましてや結婚したりすることなんてできるんだろうか。その夜、朝食代以外のすべてはその人が払ってくれていて、私は自分が彼にひどく損をさせてしまったような気がしていた。そんなことを思うのも嫌だった。恐ろしく傲慢だけれど、もう誰も私のことを好きにならないでほしいと何度も何度も思った。

窓の外を流れる景色を眺めながら、一生1人で生きていくことについて考えた。
孤独が、あの真夜中の東京駅のような静寂であったなら、それも可能かもしれない、と思った。

*

この記事を書いたのは3年くらい前なのですが、これを世に出してしまうと私の人生の一つの可能性的なものが決定的に終わってしまう気がして、ずっと公開せず手元に置いていました。
しかし、3年経った今でもこのノンセク的状況は全然変わっておらず、まずこの事実についてオープンにしないと何も変わらないのでは? と考え、公開することにしました。

別にノンセクAセク専門家ではないので悩みを聞いて解決したりはできませんし、ノンセクの認知度を上げようとかセクシャルマイノリティのために! みたいなゴリゴリした活動家的なことには関心がなく、普通にしていれば不都合もないので普通に生活したいというのが本音です。
が、同じようなことを感じていて、この手のことを周囲に説明するのも疲れた、面倒くさい、みたいな人と会って喋って、あわよくば友達になれたらいいなと思っています。

もし話してみたい、気になる、という方がおりましたら声をかけてください。
コメントを下さっても結構ですが、あまり見ないのでツイッターの方が確実です⇒@erio0129

なんとなくずっと寂しくて、わかってくれる人が1人でもいてくれればと願う私のようなあなたがどこかにいることを信じて。

2016年4月8日金曜日

《告知》note始めました。

宣伝です。
新たにnoteというアプリに登録しました。
満島エリオで検索出ます。
https://note.mu/eriomitsushima

noteは文章や写真やら色々投稿することのできるクリエイター向けアプリで、課金機能もあり、作品の販売も可能です。ということで、今後はこちらのブログと内容を連動させるとともに、過去ネットプリントで頒布したエッセイや小説なんかも販売していこうと思います。
よろしければ覗いて見てください〜〜。

2016年4月7日木曜日

モラトリアムダイバー

 高校の終わりくらいから大学生ごろまで「大人になりたい」というのが私の中で大きなテーマだった。
何を決めるにも他人の様子を窺ってしまう優柔不断さだとか、親に養われているくせにいっちょまえに偉そうな口を叩いていることとか、そういう自分のダサさをひっくるめて「子ども」と呼んで厭った。
 自分で自分のことを決められること、自分の力だけで生きてくこと。それが実現できないと何を言っても説得力がないような気がしたし、誰かと対等に渡り合うこともできないような気がした。だから一刻も早く子どもであることを捨てたかったし、子どもであることを止めれば大人になれるんだと思っていた。

 あれから早数年、社会人4年目を迎えた私の周囲は今、最初の結婚ラッシュを迎えている。同年代のそういう話を聞くたび、いやいやちょっと早すぎるんじゃないの? と思ってしまう。
この気持ちは、高校の時に同級生が校則違反の化粧をしているのに気づいた時の気持ちに似ている。そこには二つの感情が混在していて、一つは「校則違反じゃん」で、もう一つは「まだそんなことしなくていいのに」だった。すっぴんで堂々としていられるのなんて今くらいなんだから、化粧なんてしなくてもいいじゃん、という気持ち。
夫婦になったり親になったり、そんなに急いで次のステップへ進まなくてもいいよ。まだ学生のころみたいにみんなで遊ぼうよ。そんな風に構えていたら周りが次から次へと結婚したり、子どもが生まれたりするものだからあっけに取られてしまう。彼らとの心持ちの差に。そこに全く追いつけない自分の幼さに。

前は確かに誰よりも早く大人になりたかったのに、いつからわだかまりたいと思うようになったのだろう。
未成年だからお酒を飲んじゃいけないよ、校則違反だから化粧をしちゃいけないよ。それと同じで、私は自分がまだこの先へ進むことを許されていないような気がしていた。許可が下りるまで今のままでいいのだと思っていた。だけど冷静になってみれば、誰もそんなこと禁じていないし、許可を待つ義務もないのだった。ただ自分で勝手にセーブをかけているだけだった。
そこまでわかっていても、どうやったらそのロックが解除できるのかわからない。重要なアイテムやイベントをスルーしたまま進んでしまって、次のステージに進めずに途方に暮れているRPGの主人公みたいな気分だ。

私はたぶん、この先へ進むことで、今までできていたことが出来なくなってしまうことを恐れている。時間やお金や行動に自由が利かなくなり、掴めたはずのチャンスを失ってしまうことを懸念している。一度そこへ行ってしまったらもう元には戻れないんだろうと、その不可逆性を想像しては尻込みして足踏みをしている。化粧を覚えたせいで、もうすっぴんでは出かけられなくなってしまったみたいに。

無意識に誰かのゴーサインを待ってしまう私は、どうやらまだモラトリアムのまっただなかだ。アイテムを全部取りきるまで、マップを完成させるまで、ここでできることは全部やりきったと言えるまで、当分ここから先へは行けそうにない。

2016年2月15日月曜日

エモいなんて言いたくない

大学時代の友達と後輩と食事をするのに近くまで行ったので、母校の方まで行ってみた。
立春を過ぎたばかりのその日は異常に暖かく、昨日までと同じつもりで選んだ冬のコートを着ていると汗ばむほどだった。
大学に近づくにつれ、景色が次第に見慣れたものになっていく。並んで歩く後輩が「大学生の自分が歩いてきそうな気がする」と言う。その隣で私も、一歩進むごとに時間が巻き戻っていくような錯覚をしていた。
折しも受験期間の真っ最中で、キャンパスの正門には「○○学部入学試験」と書かれた看板が立っていた。春を感じさせる陽気も相まって、こっちまで何かが始まるような、何かが変わるような、そわそわと落ち着かない気分にさせられた。
駅までの道のりを歩きながら私たちは、あの店がなくなってるとか、数年前は毎日ここに来てたのにとか、何を見てもひたすら「エモいエモい」と言い続けた。

大学時代の思い出と言えば勉強そっちのけでのめり込んでいたサークル一択だ。誇張でなく 1週間のうち5 日も 6日も集まっては顔を突き合わせてぐるぐると話し合ったり、馬鹿みたいに飲んで終電を逃したり、付き合ったり別れたり、いわゆる青春的要素がぎっしりと濃縮されていて、我ながら恵まれた充実した 4年間だった。
その日々が余りにも満たされていて、だからこそここへ来るたびに平衡感覚が失われるような、覚束ないような気持ちになる。今も鮮明に思い出せる学生時代の記憶と、それがもう過去のことで、もうここは自分の居場所ではないのだということがうまくかみ合わずに感覚を狂わせる。

これから先の人生で、あの頃のような密度の日が訪れることはあるのだろうか。
熱意だけを燃料にして、みんなで 1つのものに向かって突き進んでいたあの気持ちを、もう一度味わうことはできるのだろうか。
それともあれは、子どもである間だけ許された時間だったのか。もしそうなら、私はこの場所を訪れるたびに、思い出の眩しさに目を顰めながら「エモい」と言うことしかできないのだろうか。

「一人暮らしここでしなよ」
「絶対住みやすいよね」
 横で後輩たちが話している。若い人が多くて、活気があって治安もよくて便利で、そりゃあ間違いなく暮らしやすいだろう。でも、私は住めない。こんな、懐かしさに呑みこまれて前が見えなくなってしまいそうな街に、少なくとも今は。

口ではエモいを連発しながら、本当はこんなこと言いたくないのだ。過去の栄光に縋るような真似はしたくない。自分のピークがもう終わってしまっているなんて思いたくない。
今の方がいいと、これから先の未来の方がもっとよくなると、そう確信できるときまで、まだこの場所には帰れない。

2016年1月29日金曜日

25歳の葬祭

25歳になったら死のうと思っていた。

私は新卒で入った金融系の会社に就職し、その仕事はやりたいこととはかすりもしない世界だった。残業が多くないことが救いで、だから入社当初は空いた時間に何か書いたり投稿したりしようと考えていた。山崎ナオコーラだって会社員やりながら小説書いてたんだし、社会人経験があった方が小説のネタになるし、これはこれで悪くないかもしれない。

でも結局、私はほとんど何も書かなかった。パソコンも開かなかったし、本さえ碌に読まなかった。会社では何も考えず黙々と仕事をし、休日はいつまでも布団の上に寝転んでスマホを弄っていた。日々はティッシュのように使い捨てられ、無価値だった。
 そうやって楽で楽しいことにだけ身を委ねているはずなのに、いつもどこか据わりの悪さが消えなかった。仕事をしていても食事をしていても誰かと会っているときも、こんなことしてていいの? ほかにやることがあるんじゃないの? という声が亡霊のように付き纏って、心が安まることがほとんどなかった。逃げてばかりの怠惰な自分に対する罪悪感が絶え間なく積もり続け、息苦しかった。
この先一生こんな思いを抱えながら生きるのだろうか。あと20年も30年も、このまま、この場所で?
ぞっとした。目眩がした。それは、あまりにも簡単に手の届く絶望だった。
――25歳まで頑張ろう。それで人生が変えられなかった死のう。
その考えが浮かんだとき、ものすごく気が楽になったのを覚えている。
そうだ。駄目だったら全部捨てて逃げてもいいことにしよう。
私は疲れていたのだと思う。もう綿矢りさにも朝井リョウにもなれない自分と向き合い続けることに。

しかしどうやって死ぬかなあ。飛び降りも首吊りも痛そうだし、手首切るのは成功率低いらしいし怖い。私は小説のちょっと暴力的な描写を読んで貧血になるくらいグロ耐性がない。うーん困った。死ぬのも簡単じゃないな。
少し頭が冷えた。
よし。死ななくてもいい道を考えよう。物書きになれなかったら、出版社や編集職に転職して、せめてそっちの業界に潜り込もう。
それに、25まではあと2年ある。小説を2本でも3本でも書いてとにかく投稿しよう。

結果から言えば、小説は1作も完成しなかった。私は相も変わらず、スマホと布団を一番の相棒にぐだぐだ過ごしていた。そうして24に差し掛かるころようやくはっとした。やばい、あと1年しかない。
自分の意志の弱さを痛感した私は、形から入ることにした。誘惑を遠ざけるため、実家を出ることにしたのだ。新しい住処はテレビも話し相手もいない1K。賞を取りたいとかいう大きくて漠然とした目標も一度取り下げ、もっと具体的なことから段階を踏んでいくことにした。
本を年50冊読むこと。ブログを月2回書くこと。それをSNSで公開すること。手近なところからやってみたら、芋づる式にアイデアが浮かぶようになった。
ブログをまとめてフリーペーパーを作る。文学フリマに出店する。月一でネットプリントを発行する。あれこれやっているうちに知り合いが増えたり、長らく会っていなかった知人から連絡が来たりとなんとなく人脈も広がって、いい流れが来ているのを身を持って体感した。
そして夏。勢いに乗って私はついに、フリーライターの肩書で名刺を作った。資格が要るわけでもなし、こんなん名乗ったもん勝ちだ。

出来立ての名刺を手にほくほくしながら、でも浮かれた気持ちは長く続かなかった。
ライターを自称したところで、私の日常は変わらない。うだつの上がらぬ仕事に時間の大半を割かれる日々だ。短くたって1日8時間の週5日。やりがいを見いだせないことにそんなに時間を割いていていいのだろうか?
折しも部内移動があり、私は社内のコールセンターのオペレーターをしていた。それは外部電話を受けては担当部署に繋ぐという、工場のライン並みに機械的で没個性的な業務だった。誰かがやらねばならない業務があるのは知っている。でも、それを自分が引き受けなければならないことに私はそろそろ我慢ならなくなっていた。「仕事なんだからつまらなくて当たり前」「誰かがやらなきゃいけないんだから」という言葉に、いい私は加減うんざりしていた。
それがどれだけ我儘な言い分だろうとも、私は自分のやりたいことにしか時間を割きたくない。これ以上今の会社に居続けるのは無理だ。
それが結論ならもう迷うことはない。私は転職することにした。リミットはもちろん、25歳だ。

けれど、編集職一本に絞った転職活動は芳しくなかった。そもそも募集が圧倒的に少ない。しかもそのほとんどが経験者採用だ。私はとにかく未経験で応募できる会社に片っ端から履歴書を送ったが、悉く不採用で面接にさえ進むことができなかった。
11月の精神状態は最悪だった。辞めると決めた会社はもう全部が嫌で、でも他はどこも自分を必要としてくれなくて、そしたらここにずっといるしかないのかと思ったら、23歳の時に感じたのよりもっと強い無力感に苛まれた。
ずっとこうやってくしかないのかな。何にもなれないまま25歳になったら、最初のルール通り死のう。
――いや、死にたくない。
 打てば響くように強くそう思った。だって、まだやりたいことも書きたいことも作りたいものもいっぱいあるのに、まだ死ねない。
 25歳になったら死ななきゃ。でも死にたくない。どうしよう。
 自分で勝手に決めたルールに自分で追い詰められながら、もがきながら転職活動を続けた。

「わかりました。それじゃあ、ぜひうちの会社に入っていただきたいのですが」
 最終面接の最後に、社長が言った。1社だけ、選考が進んでいたネット漫画の会社だった。私は呆けたようになりながら、よろしくお願いしますと頭を下げた。こうして私は転職することになった。
 1月の末、私は25歳になる。2月1日から編集者として働く。人生って、なんだかんだうまくできている。
内定が出たとき、喜びや達成感ももちろんあったけれど、それよりも私の心を占めていたのは安堵だった。
 よかった、これで約束を破らずに済む。
 そうか。私はずっと、自分を許す方法を探してきたのだ。
 
これから先どうなるかまだわからない。仕事はたぶんこれまでよりずっと大変になるし、給料だって下がる。新しい会社で望んでいたようなことができるとも限らない。でも不安はほとんどない。なぜならまた私は性懲りもなく、本当につらくて苦しかったら死のうと思っているからだ。平気へーき、いざとなったら死ぬから。あとはできるところまでやるだけ。
人が時に、あっけないほど簡単に死んでしまうことを知っている。でもそれと同じくらいの確かさで、簡単には死ねないことも知っている。
苦しかったら死のう、と思うたびに、私の中から「死にたくない!」という声がする。だって、まだやりたいことが山ほどあるから。
この声が聞こえる限り大丈夫。
私の葬祭の日はまだまだ来ない。


2016年1月4日月曜日

2015年読書総括

2015年に読んだ本リストと感想をまとめる。

1月>
6日『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦
18日『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子
31日『もう消費すら快楽じゃない彼女へ』田口ランディ ☆

2月>
3日『TUGUMI』吉本ばなな
18日『風に舞いあがるビニールシート』森絵都
28日『美しいアナベル・リイ』大江健三郎

3月>
3日『想像ラジオ』いとうせいこう

4月>
2日『午後の曳航』三島由紀夫
6日『天国旅行』三浦しをん
15日『落下する夕方』江國香織
21日『まほろ駅前多田便利軒』三浦しをん

5月>
8日『女子をこじらせて』雨宮まみ ☆
23日『僕のなかの壊れていない部分』白石一文

6月>
1日『私の男』桜庭一樹
7日『グランド・フィナーレ』阿部和重
10日『ニキの屈辱』山崎ナオコーラ
16日『東京DOLL』石田衣良
23日『きいろいゾウ』西加奈子
29日『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上弘美

7月>
7日『ほかならぬ人へ』白石一文
21日『塗仏の宴 宴の支度』京極夏彦
31日『塗仏の宴 宴の始末』京極夏彦

8月>
8日『有頂天家族』森見登美彦
11日『六番目の小夜子』恩田陸
18日『ロミオとロミオは永遠に 上』恩田陸
19日『ロミオとロミオは永遠に 下』恩田陸

9月>
18日『プラネタリウムのふたご』いしいしんじ
24日『愛に乱暴』吉田修一
26日『ラッフルズホテル』村上龍
29日『彼女は存在しない』浦賀和宏
30日『ユリイカ 9月号』 ☆

10月>
4日『ぼくの人生案内』田村隆一 ☆
11日『いなくなれ、群青』河野裕
17日『ホテルローヤル』桜木紫乃
20日『ユリコゴロ』沼田まほかる
26日『蝶々の纏足・風葬の教室』山田詠美
31日『アムリタ 上』吉本ばなな

11月>
5日『アムリタ 下』吉本ばなな
10日『九月が永遠に続けば』沼田まほかる
22日『アンテナ』田口ランディ
28日『葉桜の季節に君を想うということ』歌野晶午
30日『仕事文脈 vol.7』 ☆

12月>
2日 『森見登美彦の京都ぐるぐる案内』森見登美彦 ☆
11日 『美人画報ハイパー』安野モヨコ ☆
12日 『悼む人 上』天童荒太
20日 『悼む人 下』天童荒太
30日 『そして生活はつづく』星野源 ☆
31日 『お酒とつまみと友達と』こぐれひでこ ☆

48冊。

[傾向]
 今年はエッセイや雑誌など、小説以外のものを意識的に読むようにした。(☆のついているもの。計9冊)。食わず嫌いで、今まで小説以外の読み物はまったくと言っていいほど読んでこなかったのだが、もっと幅広い文章に触れる必要があると感じ今年は機会があれば読むようにした。
 結果、これはこれで読みやすいし、面白いなと思った。小説はどんなにうまく書いても辻褄合わせや盛り上がりなど演出される。始まりと終わりも絶対に必要になる。それこそが小説で、それはそれでいいのだけど、それに慣れた上でエッセイなんかを読むとその自由さに目が覚まされる。
小説というのは世界を一から作って、こういう世界ですよと全体像を示した上でそれをうまいこと丸く完結させなければいけない。でもエッセイは切り取った一部だけでいい。昨日まで生きてきて、本が出た後も生きている人の書くものだから、全体像を見せることなんてそもそもできないし、見せる必要もない。それでいて、書かれていない部分や、これから先の未来がまだまだ続いていくことを感じることができる。大げさだけど、その見えない部分の広がりみたいなものが自由で、向こう側に書き手の存在を感じることができて、こういう文章もいいなあと思った。

[作家・作品]
全体としては今年も趣味に偏ったエントリーだけど、作品としては「有名だけど読んでなかった本」を読むようにしていた。例えば芥川賞の『グランド・フィナーレ』(前読んでたのを忘れて買ってしまった)、直木賞の『私の男』『TUGUMI』『風に舞いあがるビニールシート』『ホテルローヤル』『ほかならぬ人へ』、じわじわと話題になった『想像ラジオ』、名作と名高い『悼む人』。ミーハーっぽいが、有名どころを押さえずして大口は叩けないと思い、ブックオフで100円と見るやせっせと買って読んだ。
作家の開拓もするようにして、今年は西加奈子、白石一文、沼田まほかるに初めて手を出した。
白石一文の『僕のなかの壊れていない部分』、沼田まほかるの『ユリコゴコロ』はかなりよかった。白石一文は村上春樹に毒と棘を混ぜ込んだような感じ。『ユリゴコロ』は純愛ホラーという新しさがあって面白かった。いい作家を見つけた、と思ったのだけど、勢いに乗って読んだ白石の『ほかならぬ人へ』とまほかるの『九月が永遠に続けば』はぱっとしなくて、二人とも何作も読むにはちょっとくどい印象。
それから、ミステリーが好きなので『彼女は存在しない』『葉桜の季節に君を想うということ』を読んでみたけど、これはどちらも叙述トリックを使った作品だが、見破られないことを重視しすぎて突っ込みどころが多く文章も稚拙で、小説としての出来としてはイマイチだなあ。ここ数年、ミステリーを読んではがっかりしている。トリックと文章のレベルが両立した作品が読みたい。
結局、三浦しをんや森見登美彦、田口ランディ、山田詠美にいしいしんじなど、個人的に高打率の作家が今年も多く登板した。

MVP
 読んでてすごく良かった作品を挙げる。
・エンタメ部門
『まほろ駅前多田便利軒』三浦しをん
 三浦しをんは本当に安定している。安心して読める。「愛すべきキャラクター」という、口で言うはたやすいが生み出すのは難しいものを見事に描き出すことのできる人だ。そしてこの本は特に、作者が楽しんで書いているのが伝わってきて、読んでいるだけで楽しくなる。

『塗仏の宴』京極夏彦
 この作品は特に、京極夏彦の中二病が爆発している。しかも長すぎる。でも面白い!ここまで作りこんでくれれば、あら探ししてイライラすることもなく安心して読み、盛り上がることができる。作り物だとわかっていてもやっぱりわくわくしてしまうディズニーランドのアトラクションと同じだ。趣味に偏っていることは重々承知だが、読んでいる間中「一生中2じゃだめかしら?」という西炯子エッセイが頭から離れなかった(読んでないけど)。

・いまさらそれかよ部門
TUGUMI』吉本ばなな
 本当に今さらかよという感じだけど、つぐみのキャラクターがとてもよかった。彼女のキャラクターのおかげで、日常なのにファンタジーのような盛り上がりと、一方で熱っぽさみたいなものも感じられて読後感がとてもいい作品だった。人が死なないのもよい。

『落下する夕方』江國香織
 江國香織は大概読んでるのだけど、なぜか手を出していなかった。
 人が意識的に「生きる」ことを決意する物語なのだと思う。そういう意味では構造が『ノルウェイの森』に似ている。文章の美しさによってやるせなさと力強さみたいなものが引き立てられている感じがした。

・文句なし部門
『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦
 素晴らしかった。素晴らしかった。書評は以前書いているので割愛するが、一番の良作が年の頭に来てしまった感じ。
 森見登美彦はかなり読んできたけれど、ひねくれた京都の大学生を主人公にしているイメージが強かったので印象が変わった。「僕」がけなげで「お姉さん」が素敵で、一つ一つのエピソードがこんぺいとうのようにかわいくきれいで、ラストの切なさまで含めて隅から隅まで味わってどっぷり浸かりたい物語。

『想像ラジオ』いとうせいこう
 流行っていたから手に取った。311の震災をテーマにしていることも、読み始めるまで知らなかった。

 死んでしまった人について、死後の世界について、我々は想像することしかできない。でも、想像することで救われること、安らかに思えることが確かにある。これは死んでしまった人と、いつか必ず死んでしまう人、すべての人に宛てたメッセージなのだと思う。

[まとめ]
 2015年は年50冊読むことが目標だったが、あと一歩及ばなかったので今年は達成したい。

2015年12月7日月曜日

淵を渡る人

色々考えた末、転職することにした。
とりあえずと転職エージェントの面談のために、東京駅の丸ビルへ行った。
お昼どきだったので小綺麗な格好のOLが、小さなトートバッグを持って歩いているのを何人も見かけた。財布と携帯とポーチだけが入る、昼休み用のあれだ。丸の内OLもあれを持ってランチに行くんだなと少し意外な気持ちで見ていた。全身の中でそのバッグだけが妙に安っぽくて、滑稽だった。

面談が終わりスターバックスで履歴書を一枚書いたあと、それをkitteで出すついでにせっかくだからと屋上庭園に上がってみた。夕闇迫るなか、赤れんがの東京駅が真ん中に据えられ、きっちり区画整理されてそびえる高層ビル群がそれを見下ろしている。まるで成功の象徴そのものであるかのように、その景色は広がっていた。
駅舎を挟んで八重洲口の方にあるビルのガラス張りの壁面の内側を、何基かのエレベーターが上ったり下ったりしているのが見えた。以前都心のホテルかどこかで家族で食事をしたとき、同じように高層エレベーターに乗った父が「こういうところで毎日働いていたら、自分が特別な人間だと勘違いするだろうね」と言ったのを思い出した。確かに、とすごく納得したのを思ったのを覚えている。この街並みを毎日ハイヒールを鳴らしながら歩いていたら、選民思想の一つや二つ芽生えるだろう。

屋上の端まで行って見上げると、電気がついているオフィスの中の様子がよく見えた。そこには普通にデスクがあり、プリンターがあり、天井に貼りついた照明や空調があった。巨大なビルの中で、それはミニチュアのように小さくて、あっけなかった。どこにいても、誰であっても、人が一人分の大きさしかないしかないことは変わらないのだ。
急に、すべてがむなしいような気がした。きっと、私がどこで働いていようが、何を着て誰と一緒にいようがそんなことどうだっていいことなのだ。なにもかもあまりも些末事だ。でも、だとしたら、確かなものなんかもうこの世になんにもないんじゃないか。

私は屋内に戻り、下りエスカレーターに乗った。それぞれのフロアには雑貨や本や服のテナントが入っていて、途中で一度降りて、ぐるりと回ってみた。
ディスプレイされた商品はどれもこれもみな洗練されていて、最先端で、これを生活に取り入れたらワンランク上の自分になれそうだった。その一方で、こんなものになんの意味があるんだろうという気持ちが湧きだして拭えない。
高級な石鹸や、アロマオイルや、間接照明や、用途を細かく分けられた食器、そういうものが気持ちに灯をともすことがあると知っている。たまに背伸びした買い物をしては、それを燃料のように燃やして前に進むエネルギーを得ることが生き延びる知恵なのだと知っている。だけど、それは私という人間の本質を変えてはくれない。外側を取り繕っても自分自身がランクアップするわけじゃない。だから、そんなのは嘘っぱちじゃないかとどこかで思っている。
私は本当のことが欲しい。本当のことだけが欲しい。例えば、百均の皿でだって飯は食える、というような、シンプルな事実だけを積み上げて生きていきたい。
だけどもしかして、本当も嘘も間違いもないのかもしれない。ただ一人分の幅で生きて、一人分の幅で死んでいくのだということ以外は。

まばゆいディスプレイに囲まれながら、自分がなにが好きで、なにに憧れていて、なにが欲しいのか、そういうことが全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいにわからなくなってしまった。しっかり握りしめていたはずの目標や芯みたいなものが溶け流れてしまって、迷子みたいな気分だった。
むなしい、と思った。人ひとり、私ひとりの人生なんてあまりにもどうでもよすぎて。

帰り道、メトロの中で窓の外の灰色のコンクリートを見ながら、渡りきれるだろうか、と考えた。
きっと死ぬまで付きまとうこのむなしさを、夢の中の海を泳ぐみたいに最後まで渡りきることが。
そうしてむなしさを越えた場所にあるなにかを、一つでも掴むことができるだろうか。
私は今日も探している。

2015年10月18日日曜日

《告知》ネットプリント第5回発行

ネットプリント『生存の心得』、本日より第5回発行しています。
今回のテーマは「親」。セブンイレブンのネットプリントより出力できます。

予約番号:MDJ2SY35
有効期限:10/25
印刷費用:カラー60円、モノクロ20円

どうぞよろしくお願いします。



☆『満島エリオの生存の心得』とは?
生活していく上でのちいさな問題や疑問やストレスやハッピーについて書いたガチふわ系エッセイ。
月1回、全12回発行予定です。

2015年9月27日日曜日

すこし遠い夜にまた


高校時代の知り合い2人と、急に会うことになった。

『公園で飲むんだけど来る?』
    雑すぎる誘いにちょっと笑ってしまった。それから私はいそいそと支度をして、家を出た。

 だいたい2年ぶりに会う彼らは記憶より随分痩せていて、反対に空気はまるくなっていた。何から話せばいいのか、距離感がつかめずに今住んでいる場所のことなんかを話しながら、コンビニで1人1つずつお酒を買った。
 少し歩いて、広めの公園へ行く。時間は7時を過ぎたところだったけれど、まだそこまで暗くはなかった。制服姿の女の子たちがベンチに座ってしゃべったりしている。真ん中へんに滑り台や吊り橋なんかが一緒になった複合遊具があって、その岩山を模した部分に上って、乾杯した。
 
 高校時代はわざわざ約束して会うほどの仲ではなかったから、間が持たないんじゃないかと秘かに心配していたのだけど杞憂だった。
 今まで何してた? 今何してる? これからどうする?
 私たちは缶酒一本で延々と、過去と今と未来の話を行ったり来たりした。
 待ち合わせの前にネットプリントを印刷して読んでくれていて、2番目のやつがよかった、と褒められて、その場で音読されそうになって止めたりした。

 2人のうち1人は当時取っつきにくいところのある人で、それがすごく柔らかくなっていたから、私は彼にまるくなったねと言い、彼も私に同じことを言った。
自覚はある。高校の頃の私はとがっていて、それこそ取っつきにくかったはずだ。必死過ぎて全然周りを見る余裕がなかったのだ。そのときから考えれば肩の力が抜けたし、気楽に物事を考えられるようになった。自分でも、昔の自分より、今の自分の方が好きだ。
 久しぶりに会う友達というのはいいな、と思った。「変わったね」と言ってくれるのは、ある程度関係を熟成させた相手だけだ。大人になるって楽しい、と思った。

 2人とも、いわゆる会社員ではない。社会的に見たらちゃらんぽらんかも知れないけど、それなりに葛藤があって、その中で自分の考えを持って、次への足掛かりを見つけることのできる人達だった。到底堅実ではないし、普通の生き方とは言えないけれど、でももっと根本的な生命力を持っているように見えた。彼らと話しながら、人生なんて自由でいいんだな、と思った。

少し風があって、その冷たさが心地いいくらいの気温だった。背後を中央線が走っていく音を、何度も何度も聞いた。公園の端で、夏の終わりを名残惜しむように花火をする人を見た。

自分の行動が、出会う人を決めるのだという。私が文章を書いて、それを発表することによって引き寄せた縁は確かにある。そうして出会った人たちと、現在と過去と未来の話をするのが好きだ。進み続ける人の中には爆ぜる花火のようにまぶたの裏を焼く鮮烈な光があって、どんなに今が暗くてもその光がある限り前に進むことは怖くないと思える。
決して頻繁に連絡を取り合うわけではない彼らと、次に会うときに恥ずかしくない自分でいたいという気持ちが、私を何度でも言葉に向かわせる。ずっと色々やってるよ、そっちはどう、とすかした顔で再会したいという意地が。

寒くなるまで尽きることなく話をして、また公園で飲もう、というあやふやな約束とともに手を振って別れた。
こんな夜をまた過ごしたい。できれば、あまり近すぎない未来で。

2015年9月21日月曜日

最強ラッキーガール

中高の頃私は剣道部で、しかもずっと幽霊部員だった。真面目に出ていたのは最初の一年だけで、後の数年は部活に参加するのは年に数回程度という状態をずっと続けていた。
    最初に出なくなったきっかけがなんだったかはもう思い出せない。特別な何かが起きたわけではなくて、単に面倒臭くなって休む日が続いてそのままずるずると、という感じだったと思う。

    練習に出なければ当然うまくならない。むしろ下手になる。その上年次が進めば後輩が増え、彼らは練習を重ねてどんどん強くなっていく。
    後輩より弱い先輩なんてありえない。下手なのを見られたくない。知られたくない。駄目な先輩って思われたらもう終わりだ。そう思っていた。そういうつまらないプライドばかりが勝って出られなかった。そのブランクが長くなればなるほど、もっともっと出づらくなった。その頃は部活に出る、ということがもうほとんど恐怖だった。

    同学年の部員たちにはクラスや廊下で会うたびに「部活出ろよ」と言われるので、顔を合わせるのも怖かった。      
    顧問に呼び出されて、「そんなにずっと休んでるなら辞めた方がいいんじゃない」と言われたこともある。そうですね、と私は素直に頷いた。
    でも辞めなかった。
    一年の時から入部していたからというのもあったし、どこかの部活に所属していたいというのもあった。部活のメンバーが、それでも普段は面白くて仲良くしてくれて、居心地が良かったというのもある。部活を続ける意味がないと面と向かって言われても、その通りだと思っても、でも手放すことができなかった。

    それが本当に身勝手なことだったと、今ならわかる。同期にどれだけ迷惑をかけ、苛立たせたか知れない。それでもみんな、最後まで鬱陶しいほど面倒見が良くて、優しかった。部活に出ない私に、それでも座る場所をずっと空けていてくれた。彼女たちがもっと冷淡で無関心だったら、私だってきっともっとあっさり辞めていた。

    結局、私は劇的な盛り返しを見せることもなく、幽霊部員のまま卒業を迎えた。私の存在も碌に知らない後輩に送られる送別会の居心地の悪さはちょっと言い表せない。それでも、退部ではなく引退した。図々しくも同期達と一緒に。


    そんなこんなで大学に入学し、サークルで初めてちゃんと後輩というものができた時にはどう接したらいいかわからなかった。ちゃんと先輩として見えているかばかり気になったし、こいつら全員私のことを馬鹿にしてるんじゃないかといつも疑っていた。高校の頃から、私には後輩というものが怪物に見えていたのだ。

    でも、おっかなびっくり話をしているうちに、彼らは意外と素直な生き物だと言うことに気がついた。何か質問してきたり、知っていることを教えると素直に納得したり、ちょっとしたことで関心してくれたりするのが面白かった。

    私は特別優秀なわけでも、人徳があるわけでもない。私よりずっと頭が良くて話が上手で愛想のいい子はいくらでもいた。私はただ、彼らよりただ数年早く生まれ、年増な分だけ知識と経験が多いだけだ。そんな偶然でしかない理由で先輩と呼んでくれるのが申し訳なくて嬉しくて、そしてかわいくて、だから私はせめてこいつらに、私の知っていることは全部教えてやりたいし、うまくいくようにいくらでも手を貸しやりたいと思った。
    それは高校の時には逃げ回っていて手に入れられなかったものを取り返すための戦いだった。それにもしかしたら、いつかの罪滅ぼしの面もあったかもしれない。

    そうやって、内面ではすごく緊張しながら先輩や後輩と接していたわけだけれど、彼らと仲良くなればなるほどサークルも居心地よく、やりやすくなって、楽しくなっていった。
    こんなに単純なことだったのか、と思った。
    できることをして、助けてもらって、もらった分を誰かに返して、それを実直に繰り返すだけのことだったのだ。それだけで、自分自身がずっと生きやすくなるのだと、遠回りしながらやっと知った。


    今、会社では後輩が二人いる。質問していいですか、と言われたら忙しくても必ず時間を作る。私も、困ったら手を貸してもらう。雑談もするし、たまに飲みに行ったりもする。
    サークルの一部の後輩とは未だに時々約束をして遊びに行く。彼女達とは、もうほとんど友達だ。
    高校の部活のメンバーとは滅多に連絡は取らないけれど年に一度くらい飲み会があって、会うとみんなマシンガンのように喋り倒すので、いつも全然時間が足りない。
    高校の頃を思い浮かべれば、ちゃんと部活に出ていても仲間と折り合いが悪くて辞めた人もいる。仲が良くたって卒業したら連絡を取らなくなる人だって大勢いる。集まりがあったって、呼ばれなかったり顔を合わせられなくて出席できない人だっているだろう。
    そういう中で、私も充分すぎるほどやらかしていて、それでも今も席を並べて話したり笑ったりできる。同じ時間を共有して、ダサい所も失敗も知られている相手と、今のことや未来のことについて話すことができる。できすぎなくらい、私は最強にラッキーだ。でもそのラッキーは偶然の産物ではない。周りの人が与えてくれたものだ。私の失敗を、迷惑を、我儘を、許して、許し合ってきた結果だ。


    これからも、できることをしようと思う。余裕がなくて当たってしまったり、思ったほど相手に伝わらなかったりすることもあるだろうけれど、でもできる限り誠実でありたいし、私のもらったものを別の誰かにあげたいと思う。そうしてその誰かが、新しいラッキーガールもしくはラッキーボーイになってくれたら本当に嬉しいと思う。

2015年9月15日火曜日

《告知》ネットプリント第4回発行&1~3回再発行

月一で発行しているネットプリント、ガチふわ生活系エッセイ『生存の心得』第4回を発行します。
今回のテーマは「健康」です。
全国のセブンイレブンのプリンターより出力できます。


また、過去の分が読みたいという声を頂きましたので、今回は今までに発行した第1回から3回の分もすべて再発行致します。1つ読んでみて面白いと思ったら、ぜひ残りも読んでみてください。


号数 : 予約番号
第1回 「食べる」 : B3JRUUGY
第2回 「買う」 : R7JQ2S8S
第3回 「おしゃれ」 : T939X83M
第4回 「健康」 : 4DA7E88G


出力締切はすべて9/22の23:59までです。どうぞよろしく。

作ることについて考えていること

ネットプリントをやり始めてから、よく訊かれることと、それに対して考えていることを書く。

まず、そもそもネットプリントとはなんぞやということについて。私がいつも使っているのは富士ゼロックスが提供しているサービスで、文書を登録するとその日から1週間、セブンイレブンのプリンターから出力できるというもの。出力するのにモノクロ20円、カラー60円の費用がかかる。これは純然たるプリント代で、文書を登録した人間には入らない。
本来はサラリーマンが出張先などで必要な文書を印刷するために生み出されたものなのと思うが、現在ではクリエイターの卵が自分の作品を全国に頒布するために使う割とスタンダードな手段になっている。これはおもしろいということで私が始めたのが、いま月一で発行しているネットプリント『生存の心得』である。

ネットプリントを選んだのにはいくつか理由がある。
1つは、新しい読者層を開拓できるから。ツイッターで「ネットプリント発行します」と書けば検索ワードに引っかかるし、ネットプリントを専門にリツイートするアカウントに宣伝してもらえる。

2つ目に、頒布の手間が省けるというのがある。作品を人に見てもらう状態にするには、書く以外の作業が色々発生してくる。例えばイベント参加の為の事務手続き、表紙や背景のデザインやレイアウト、印刷屋との調整など、やらなければいけないことは山ほどある。こういう本質的でない作業はなるべく減らしたいと考えると、文書を登録だけして後は相手が出力するというネットプリントはとても効率的だ。さらにセブンイレブンから印刷できるので、自分から出向くことなく全国の人に読んでもらえる可能性もある。

3つ目は、発行期間が限定されていて、なおかつわざわざコンビニへ行き、プリント代を支払う必要があるということ。一見デメリットのようだけど、私はここに大きな意味があると思っている。
ただ書いたものを沢山の人に読んで欲しいなら、こうしてこのブログに載せればいい話で、ネットプリントよりずっと簡単だ。それなのに敢えてネットプリントを使うのは、私の書いたものに対してお金と手間をかけてもいいという人がどれくらいいるのか知りたいから。そして、そう思ってくれる人を増やしたいからだ。いずれ自分の作品で生計を立てたいと考えている人間にとって、この層をいかに増やすかというのはとても重要な課題なのだ。だから、例えプリント代が自分の懐に入らないとしても、コンビニに行ってお金を出してもらうということ自体に意味がある。

友達からは時々「データで欲しい」とか「お金払うからプリントしたやつ持ってきて」とか言われることがある。それをするのは簡単なのだけど、上に書いたような「ネットプリントをやる理由」に対して本末転倒になってしまうので私はやりたくない。というか、やらないことに決めた。
こういう風に書くと「偉そうだ」とか「それなら読まなくていいや」と思う人もいるだろうし、それは仕方のないことだと思う。が、私としては「それでも読みたい」と言ってくれる人を増やすのが目的なので、そうでない人に対しては今のところ必要以上の働きかけをするつもりはない。

色々書いてきたが、私が特別高尚なことを考えている訳ではなくて、たぶん自分の作品で稼いで行きたいと考えて継続的に活動している人は誰しも同じような考えに行き着くのではないかと思う。
想像してほしいのは、何気なく手に取った作品の裏には必ず手間と時間と時にはお金がかかっていて、それは作っている側が必死に捻出したエネルギーなのだということ。作る側は、遊びや道楽でやっている訳ではない。つまらない下らないと感じたならそれは作品に魅力がなかっただけのことだ。だけど面白いと思ったなら、受け取るときにも誠意を持ってもらえると本当にありがたい。なので、私のことに限らず、好きなクリエイターとか応援したい作家がいて、その人の次の作品を見たいと思うのであれば、受け取る側からも多少の手間を惜しまないでほしい。それが作る側を支えることになる。

2015年8月13日木曜日

《告知》ネットプリント第3回発行

ネットプリント『生存の心得』、告知が遅くなりましたが、昨日8/12より第3回を発行開始しています。
今回のテーマは「おしゃれ」。セブンイレブンのネットプリントより出力できます。
予約番号:ULNPR4A7
有効期限:8/19
印刷費用:カラー60円、モノクロ20円

どうぞよろしくお願いします。


☆『満島エリオの生存の心得』とは
生活していく上でのちいさな問題や疑問やストレスやハッピーについて書いたガチふわ系エッセイです。
第1回『食べる』
第2回『買う』
月1回、全12回発行予定です。

2015年7月12日日曜日

《告知》ネットプリント第2回発行

ネットプリント『生存の心得』、第1回を出力して下さった方はありがとうございます。
本日5/12より、第2回を発行開始します。
今回のテーマは「買う」。前回同様セブンイレブンのネットプリントより出力できます。
予約番号:FS7Y8UPY
有効期限:7/19
印刷費用:カラー60円、モノクロ20円
なお、前回はじめにアップしたデータの画質が粗く、出力頂いた方は申し訳ありませんでした。今回は問題ありません。
どうぞよろしくお願いします。

2015年6月14日日曜日

ラン

 ここ1ヵ月ほどで、色々なことが目まぐるしく起こった。
 本を作って5月の頭に文学フリマに出店し、デザインフェスタのスタッフをやって、フリーペーパーをONLY FREE PAPERに納品、1週間経たずに頒布終了。
 6月しょっぱなは棚ぼたでどさくさにまぎれて雑誌『ダ・ヴィンチ』に載り、ネットプリントで新しい連載の配布を開始した。
 信じられないスピードで、一足飛びに進んでいる。非常にいい感じだ。いい感じ、のはずなのに、なんとなく不安で、満たされないのはどうしてだ。

 ONLY FREE PAPERへの『好きにさせろよvol.1』の納品をFacebookに書き込んだら、今までにないくらいの「いいね!」がついて、私はしつこいくらいに更新ボタンを押しては評価が増えるのを見てにやにやしていたけれど、そのうちなんだかむなしくなってきてしまった。べつに、SNSで「いいね!」をもらうために頑張っているわけじゃない。
 誰かの別の投稿で、私の書きこみはあっという間にタイムラインを流されていった。この程度か、と思った。こんなんじゃ全然駄目だ。もっと、消えない何かを残せなきゃ駄目なのに。

 何か1つのことをやり終えたあとに残るのは、いつだって達成感じゃなくてなんとなく空虚な気持ちだ。ここまでやったのに、世界はまだ全然変わらない。あと何をすればいいんだろう。次はどっちへ進めばいいんだろう。そういうことが全然見えなくなって、目的地を見失ったような、重大な欠落を発見したような気分になって、途方に暮れてしまう。
 不安で、なんだかたまらないような気持ちになって、焦りながら次の手を考える。追い立てられるように次の文章を書き始める。自分が目標に向かっているのか、それともこの不安に取り込まれないように逃げているのか、もうよくわからない。

 デザインフェスタで面白い人に出会った。
 その人はなぜか、専門でもないのに物理のテキストを熱心に読んでいた。なんでそんなもん読んでんの、と訊かれて彼は「この知識はいつか絶対必要になってくる。将来そういう専門の人と対等にビジネスの話をするためにはこれだけじゃなくて、なるべく全部の分野について勉強して知っておいた方がいい」というようなことを答えた。だから大学時代から休み時間はいつもこうやって専門外の勉強をしていると。いつか起業したいと彼は言った。口調にも姿勢にも、全然淀みがなかった。
 この人は前しか見てないんだ、と感嘆とともに思った。やりたいことが決まっていて、それを実現するための道筋も明確に分かっている人間は、あとはひたすらその道を進むだけなのだ。周りなんて見ていないし、誰かと速度を合わせるなんてこともしない。その姿は、単純にかっこよかった。
 何かを本気でやっている人に認められるには、その人の横に並ぶくらいじゃたぶん足りないのだと思った。もっと速く走って一瞬でも追い抜いて、自分の背中を見せなきゃ視界になんて入れない。きっと、苦しくてまぶしい世界だ。そこでは誰かの評価を気にしたり、不安を抱いたりする暇はない。ただひたすら先を目指す人だけが美しい場所なのだ。

「誰かが見てくれている」と思えることは、何かを続ける上でこの上ないモチベーションになる。私がこのブログを飽きることなく、わりかし定期的に書き続けられているのも、たまに会う友達が「読んでるよ」と言ってくれたり、ツイッターで更新を呟くと閲覧数が伸びたりするからだ。だから、Facebookでたくさん「いいね!」をつけてもらうのだって当然嬉しいし、エネルギーに変換されている。
 だけどその一方で、そんなもの全部振り払って進みたいと思う。使い捨ての「いいね!」になんて捕まりたくない。安全な場所からの称賛なんて聞きたくない。誰も何にも気にしないで、前しか見ないで、限界よりも速く走りたい。走ること自体が楽しいって気持ちで、足が動く限り、どこまでだって。

2015年6月9日火曜日

※再掲《告知》ネットプリント開始します。

本日より、ネットプリントでのエッセイ配信を開始しました。

『生存の心得』
「生活する」をコンセプトに、1人暮らしをしながら東京で1人生き抜く術を模索するガチふわエッセイ。
第1回テーマは「食べる」です。

※以前のデータが荒いという意見を頂いたので、データを差し替えました。
これから出力される場合は新しい予約番号:32274016で出力して頂けると幸いです。
・出力方法
①セブンイレブンにて予約番号を入力
②カラーは60円、モノクロは20円を投入しプリント
期限は1週間、6/19までです。
よろしくお願い致します。

2015年5月30日土曜日

《告知》ONLY FREE PAPERへ納品しました。

告知です。
文学フリマにて頒布したフリーペーパー『好きにさせろよvol.1』を、ONLY FREE PAPERという、フリーペーパー専門のスペースに置いていただきました。
場所は渋谷パルコパート1の4階です。
興味のある方、お近くに寄る方は是非お手にとってみて下さい。
どれくらいの早さでなくなるものなのかわからないのですが、追加納品はしない予定なのでなくなってしまったらごめんなさい。
どうぞよろしく。

2015年5月21日木曜日

何者

 5月16、17日、デザインフェスタに行ってきた。出展者1万2千人を誇る、世界規模のアートイベントだ。
存在は知っていたけれど、初めて行ってみて驚いたのはそのクオリティの高さだった。正直、こんだけの数のブースが出展しているのなら道楽で参加するど素人が散見されるのだろうとたかを括っていたのだが、全てのスペースを一通り回ってみてレベルが低いと感じられるものはほぼなかったと言っていい。
歌、ダンス、ライブペイントなどのパフォーマンス系もあるけれどだいたいのブースは物販なのだが、そのどれもが到底手作りとは思えなかった。「モノ」を作らない私のような人間には、アマチュアでどうやってあんな製品が作れるのかさっぱりわからない。店頭に並んでいたら業者の作っている市販品にしか見えないだろう。そういうレベルのものでビッグサイトはあふれかえっていた。
最初に質の高さに驚いて、でも次に私が感じたのはむなしさというか、やるせなさみたいな感覚だった。これだけのものが作れるのに、クオリティとしては充分なのに、「その程度」ならビッグサイトを埋め尽くすほどの人間に同じことができるのだ。そして、傍目にはほとんど同じようなものを売っているのに、あるブースでは行列ができ、別のブースは閑古鳥が鳴いている。その境界がどこにあるのか、あるいはそんな境界が本当に存在するのか、少なくとも作品だけを見ている限りはわからなかった。

プロアマの境がなくなってきていると言われる。様々なツールや業者が用意されている今、根気と情熱といくらかの金があれば、誰でもある程度のモノが作れるようになった。逆に言えば、そのレベルの人間が既に飽和している。
ブースの間を歩きながら、原宿を歩くときもいつもこんな気分になる、と思った。原宿という街には奇抜なファッションや髪色の人達がうじゃうじゃしている。だけど「人と違う自分でありたい」という同一のベクトルを持った人間が集まりすぎて、結果的にみんな埋没しているように見える。
何かになりたい人が多すぎる、と思った。
人は誰しも生まれてこのかた自分が主役、自分の視界だけで世界を展開してきた。自分は誰よりかけがえのない、重要な主人公だ。道を歩いていたら前から来た人が自分の顔をまじまじと見つめ、「君には才能がある。君は特別な存在だ」と言ってくれる妄想を、誰もが一度はしたことがあるんじゃないだろうか。
なんだかんだいって、みんな自分に秘められた可能性を信じている。なのに、一歩社会に踏み出すと誰も特別扱いなんてしてくれない。交換可能なその他大勢としての居場所しか用意されていない。そのギャップに戸惑って、受け入れられなかった人間が、這い上がるためにそのうち何かを作り始めるんだと思う。
デザインフェスタにはそういう人達が満ち溢れいた。それは出展者だけじゃなく来場者にも同じことが言える気がした。誰もが自分にしかわからない価値を見つけたくて、そして自分にしかない価値を見つけて欲しくてあの場に集まっているように見えた。そこにはあらゆる形での自意識が窒息せんばかりに氾濫していて、それはとても尊いエネルギーなのだろうけど、私はそれに酔って、息苦しくなってしまった。ここまで来たってまだ1万2千分の1の有象無象のくせに、と心の中で毒づいた。

結局、同族嫌悪なのだろう。私だって自分に特別な何かがあるという思いを捨てきれなくて、膨れ上がった自意識を持て余した人間だ。だけどその程度の存在はいくらでもいて、そこから頭一つ突き抜ける難しさを――何者かになるということの途方のなさを見せつけられて嫌気がさしただけだ。

私は私だ。そんなことは言われなくたってわかっている。でもそれだけじゃ満たされないのだ。どうしようもなく飢えていて、強欲だ。「自分は自分」という答えを拒絶するなら、何者でもない自分からスタートするしかない。無数の名前のない存在のひしめく中に飛び込んでいくしかない。たとえそれが、欠けた杯に水を注ぐようなことだとしても。

2015年5月10日日曜日

安全な部屋


焦っている。

やりたいこと、なりたいものと、そのためにしなければならないことが無限にある。しかしそこに費やす時間は余りに少ない。会社員だから週5日は労働で拘束される。通勤時間、昼休み、アイデアは次々と思い浮かぶけれど、腰を据えて取り組む余裕はない。だけど家に帰ってきて夕飯を食べると、まだ大した時間でもないのに横になってそのまま寝てしまう。予定のない休日には際限なく布団にくるまってうとうとしながら携帯をいじっている。仕事よりは好きな文章を書く方が当然楽しいけれど、それよりもごろごろ寝ている方がずっと楽だからだ。テスト勉強をするはずが部屋の掃除を始めてしまう学生と同じだ。怠惰で、集中力がない。尻叩きになるかもと壁に貼った「1日執筆1時間以上! やる前に寝ない!」と書いた紙がむなしい。

どうしてもっと頑張れないのだろう。本気なら寝る間も惜しんで文章を書けるはずだ。会社だって辞めればいいし、もっとボロい家に住んで新しい服なんか買わないで外食もしないでひたすら書いていくことだってできるのに、なぜそれができないんだろう。自分は本気じゃないのかもしれない、と思うことが苦しい。人生ってやつは、やりたいことをするには短すぎるけれど、それを諦めて生きるには長すぎる。


ラーメン屋で隣の席に、4、50がらみの夫婦が座った。

「○○さんちは子どもが2人とも就職して家出たんだって」
「へえ、人生あがりじゃないか」
 あがりってなによと妻は不満そうに訊いていたけれど、私には夫の言った意味がよくわかった。
 結婚して子どもを生み、育て、独り立ちさせたのだ。少なくともこの国の価値観において負うべき責務は一通り終えているように思える。もちろんその先も生活は続くにせよ、義務は既に果たしている。人生あがり、だ。
 今私の目指しているものは、そういう責務からは真逆にある。思いっきり逆走しながら、この道の「あがり」はどこにあるんだろうと思う。仮に結婚もしない、子どもも生まないとして、どこまで走れば、何を残せば私の人生は「これであがり」と認めてもらえるんだろう。

 この期に及んで「本気を出さない」ことで保険をかける自分が嫌だ。普通のベクトルに戻せるような打算を捨てられない自分が嫌だ。
 私だって負け戦がしたいわけじゃない。自分の書いたものが面白いって信じているから、夢が叶う可能性があると思っているから、そう思える限り突っ走りたい。だけどもしそんな可能性ないんならこの人生なんて明日にでも終わってほしい。毎日毎日焦りながら、自分の怠惰を見せつけられながら生きていくのは結構しんどい。命は短すぎるし、長すぎる。
 ゴールデンウィークにこじらせた風邪がなかなか治らない。薬を飲んで、月曜日からまた会社へ行く。
 私はまだこの安全な部屋から出られない。


2015年4月13日月曜日

マーブルマイワールド

 コンタクトを切らしてしまった。
 引っ越したので駅前の眼科に初めて行ったら、トライアルで何日か使ってからでないと売ってくれないという。
 平日に医者に行く時間なんて取れないから仕方なく眼鏡でやり過ごして土曜を待つ。
 ちょっとした手術があって父が入院することになった。自分は別の用事があるので、土曜日父に付き添ってほしいと母が言う。その翌日の日曜は出勤日だったから、土曜のうちに1週間分の掃除だの洗濯だの買い物だのを済ませなければならないからちょっと面倒だなと思った。
 ここ最近ずっと頭の中がとっ散らかっている。汚れた部屋を整理したら全部がらくただったみたいに、思いついて書いてみてはまとまりのない文章が出来上がって、フォルダの中には没になったワードファイルばかりが溜まっていく。
 1人暮らしを始めてから毎日ずっと自炊していたのだけど、遂にパンにも米にも麺にも飽き飽きしてしまった。なにより自分の作った食事に飽きている。だからと言って食べたいものも思いつかない。

 土曜日、眼科に行って医者と話してコンタクトの度数を下げることになった。またトライアルを使うことになって、またコンタクトを買うことができなかった。
 買い物をして洗濯物を干すともう家を出なければいけない時間だった。これから病院に行って父の夕食を見届けてとなると、帰ってくるときにはもうすっかり夜になっているだろう。明日以降のために少し料理して作り置きしないといけないし、今日は何もできない。明日はまた仕事だ……。
 頭痛を抱えながら、でも予定を変更することはできなくて電車に乗って病院に向かう。度数を落としたコンタクトは、眼科では大して違わないと思ったのにそれをつけて外を歩いてみると遠くの方が随分ぼやけた。
 自分のことなのに、ままならないことばっかりだ。薄っぺらいコンタクトレンズ1枚で見える世界の輪郭が滲む。時間も思考も肉体も、思うとおりには動かせない。自分の意思以外の余りにも多くの要素が混ざり合って私を決定していく。ままならない。なんだかうんざりする。
 ここのところ一時的に仕事が忙しいのが理由なのだと思う。疲れていて、何もかも面倒くさい。布団で寝たらそのままバターみたいに溶けていないかなとか、曲がり角から出てきたトラックが吹っ飛ばしてくれないかなとか、そういうことばかり思いつく。
 別に死にたかないが少し疲れている。あとはまあ、寂しいのかもしれない。彼氏がいたらいいかなあ。でも私は他人の体温が苦手なのであんまり接触はしたくないし、彼氏と言ってもそんなに頻繁に連絡を取ったり会ったりしなくてもいいし、そいつがどこの女といつ何をしていようが全然気にならないし、そういうのは一般的には彼氏とは呼べないらしい。
    付き合ったり結婚したりとかいうことを考えないわけではないけれど、想像してもどうもしっくりこない。1人でやりたいことが多すぎて、誰かと人生を分け合うイメージができない。どっかの占いの結婚運で「家事はするが家庭的ではない」と書かれていたのを思い出す。

 病院というのはもっと辛気臭い場所だと思っていたが、都心にあるせいなのか思ったよりずっとこじゃれている。ちょっとした展望レストランも24時間の売店もあるし、タリーズコーヒーまで入っている。
 ロビーで警備員のいる受付表に名前を書く。表には患者との関係性を記入する欄もあって、見ると妻、母、姉、見舞いに来ているのは女性ばっかりだ。
 大仰にもカードキーを翳さないと入れない(土日はそういうシステムらしい)病棟で父と面会する。
 中に入ってみて改めて思ったけれど、入院していてできることは余りにも少ない。想像するだけでぞっとするような暇さだ。退屈じゃないのか訊くと、慣れるよと父は答える。少し喋って、やたらと寒い談話室で並んで夕食を食べる。私はおにぎりとサラダを買った。病院の売店は割高だ。動かないで食べるばかりだから太りそうだと父が言う。お見舞いにもらったという帝国ホテルのチョコレートを2つ、持って帰れと渡された。

 翌日は出勤なので早めに病院を出る。帰りの電車は最後に川を渡る。外を歩きたくて、最寄駅の1つ前で降りる。
 川が好きだ。当然だけど川には建物がないから急に空が拡大する。押しつぶされそうな空には解放感がある。東京に住んでいるとそういう場所はなかなかない。本当に何もない広々とした田舎だと心もとなくなってしまうので、川という部分的な自然具合が丁度よいのだと思う。
 1キロくらいの橋を歩く。脇をハイウェイかと思うような速度で車が走っていく。実家の近くにも川があったけど、それより川幅がずっと広くて、水量も多くて、ちょっとした湖のように見える。強い風が常に吹いていて髪がなぶられる。
 少しつめたいくらいの風が心地よい。ソーダ水のように頭の中にふつふつと言葉が湧いてくる。まだずっと歩けそうな気がする。
1人で行くしかない道を選んでいる。それでも誰か一緒に生きてくれたらなと思っている。
    私は誰にも守ってほしくないし、支え合いたくないし、つらいとき傍にいてほしいと思わない。同じものを見たいとも思わない。ただ、一緒に戦ってほしい。戦う相手はそれぞれ別で構わない。戦っている人と背中合わせで一緒に生きていたい。そういう人と、混ざらなくても交ざりあって生きていけたらいいのに。

 家に帰ってもらったチョコの包みを開くと、ホワイトチョコとビターチョコのマーブル模様をしていた。