2016年1月29日金曜日

25歳の葬祭

25歳になったら死のうと思っていた。

私は新卒で入った金融系の会社に就職し、その仕事はやりたいこととはかすりもしない世界だった。残業が多くないことが救いで、だから入社当初は空いた時間に何か書いたり投稿したりしようと考えていた。山崎ナオコーラだって会社員やりながら小説書いてたんだし、社会人経験があった方が小説のネタになるし、これはこれで悪くないかもしれない。

でも結局、私はほとんど何も書かなかった。パソコンも開かなかったし、本さえ碌に読まなかった。会社では何も考えず黙々と仕事をし、休日はいつまでも布団の上に寝転んでスマホを弄っていた。日々はティッシュのように使い捨てられ、無価値だった。
 そうやって楽で楽しいことにだけ身を委ねているはずなのに、いつもどこか据わりの悪さが消えなかった。仕事をしていても食事をしていても誰かと会っているときも、こんなことしてていいの? ほかにやることがあるんじゃないの? という声が亡霊のように付き纏って、心が安まることがほとんどなかった。逃げてばかりの怠惰な自分に対する罪悪感が絶え間なく積もり続け、息苦しかった。
この先一生こんな思いを抱えながら生きるのだろうか。あと20年も30年も、このまま、この場所で?
ぞっとした。目眩がした。それは、あまりにも簡単に手の届く絶望だった。
――25歳まで頑張ろう。それで人生が変えられなかった死のう。
その考えが浮かんだとき、ものすごく気が楽になったのを覚えている。
そうだ。駄目だったら全部捨てて逃げてもいいことにしよう。
私は疲れていたのだと思う。もう綿矢りさにも朝井リョウにもなれない自分と向き合い続けることに。

しかしどうやって死ぬかなあ。飛び降りも首吊りも痛そうだし、手首切るのは成功率低いらしいし怖い。私は小説のちょっと暴力的な描写を読んで貧血になるくらいグロ耐性がない。うーん困った。死ぬのも簡単じゃないな。
少し頭が冷えた。
よし。死ななくてもいい道を考えよう。物書きになれなかったら、出版社や編集職に転職して、せめてそっちの業界に潜り込もう。
それに、25まではあと2年ある。小説を2本でも3本でも書いてとにかく投稿しよう。

結果から言えば、小説は1作も完成しなかった。私は相も変わらず、スマホと布団を一番の相棒にぐだぐだ過ごしていた。そうして24に差し掛かるころようやくはっとした。やばい、あと1年しかない。
自分の意志の弱さを痛感した私は、形から入ることにした。誘惑を遠ざけるため、実家を出ることにしたのだ。新しい住処はテレビも話し相手もいない1K。賞を取りたいとかいう大きくて漠然とした目標も一度取り下げ、もっと具体的なことから段階を踏んでいくことにした。
本を年50冊読むこと。ブログを月2回書くこと。それをSNSで公開すること。手近なところからやってみたら、芋づる式にアイデアが浮かぶようになった。
ブログをまとめてフリーペーパーを作る。文学フリマに出店する。月一でネットプリントを発行する。あれこれやっているうちに知り合いが増えたり、長らく会っていなかった知人から連絡が来たりとなんとなく人脈も広がって、いい流れが来ているのを身を持って体感した。
そして夏。勢いに乗って私はついに、フリーライターの肩書で名刺を作った。資格が要るわけでもなし、こんなん名乗ったもん勝ちだ。

出来立ての名刺を手にほくほくしながら、でも浮かれた気持ちは長く続かなかった。
ライターを自称したところで、私の日常は変わらない。うだつの上がらぬ仕事に時間の大半を割かれる日々だ。短くたって1日8時間の週5日。やりがいを見いだせないことにそんなに時間を割いていていいのだろうか?
折しも部内移動があり、私は社内のコールセンターのオペレーターをしていた。それは外部電話を受けては担当部署に繋ぐという、工場のライン並みに機械的で没個性的な業務だった。誰かがやらねばならない業務があるのは知っている。でも、それを自分が引き受けなければならないことに私はそろそろ我慢ならなくなっていた。「仕事なんだからつまらなくて当たり前」「誰かがやらなきゃいけないんだから」という言葉に、いい私は加減うんざりしていた。
それがどれだけ我儘な言い分だろうとも、私は自分のやりたいことにしか時間を割きたくない。これ以上今の会社に居続けるのは無理だ。
それが結論ならもう迷うことはない。私は転職することにした。リミットはもちろん、25歳だ。

けれど、編集職一本に絞った転職活動は芳しくなかった。そもそも募集が圧倒的に少ない。しかもそのほとんどが経験者採用だ。私はとにかく未経験で応募できる会社に片っ端から履歴書を送ったが、悉く不採用で面接にさえ進むことができなかった。
11月の精神状態は最悪だった。辞めると決めた会社はもう全部が嫌で、でも他はどこも自分を必要としてくれなくて、そしたらここにずっといるしかないのかと思ったら、23歳の時に感じたのよりもっと強い無力感に苛まれた。
ずっとこうやってくしかないのかな。何にもなれないまま25歳になったら、最初のルール通り死のう。
――いや、死にたくない。
 打てば響くように強くそう思った。だって、まだやりたいことも書きたいことも作りたいものもいっぱいあるのに、まだ死ねない。
 25歳になったら死ななきゃ。でも死にたくない。どうしよう。
 自分で勝手に決めたルールに自分で追い詰められながら、もがきながら転職活動を続けた。

「わかりました。それじゃあ、ぜひうちの会社に入っていただきたいのですが」
 最終面接の最後に、社長が言った。1社だけ、選考が進んでいたネット漫画の会社だった。私は呆けたようになりながら、よろしくお願いしますと頭を下げた。こうして私は転職することになった。
 1月の末、私は25歳になる。2月1日から編集者として働く。人生って、なんだかんだうまくできている。
内定が出たとき、喜びや達成感ももちろんあったけれど、それよりも私の心を占めていたのは安堵だった。
 よかった、これで約束を破らずに済む。
 そうか。私はずっと、自分を許す方法を探してきたのだ。
 
これから先どうなるかまだわからない。仕事はたぶんこれまでよりずっと大変になるし、給料だって下がる。新しい会社で望んでいたようなことができるとも限らない。でも不安はほとんどない。なぜならまた私は性懲りもなく、本当につらくて苦しかったら死のうと思っているからだ。平気へーき、いざとなったら死ぬから。あとはできるところまでやるだけ。
人が時に、あっけないほど簡単に死んでしまうことを知っている。でもそれと同じくらいの確かさで、簡単には死ねないことも知っている。
苦しかったら死のう、と思うたびに、私の中から「死にたくない!」という声がする。だって、まだやりたいことが山ほどあるから。
この声が聞こえる限り大丈夫。
私の葬祭の日はまだまだ来ない。


2016年1月4日月曜日

2015年読書総括

2015年に読んだ本リストと感想をまとめる。

1月>
6日『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦
18日『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子
31日『もう消費すら快楽じゃない彼女へ』田口ランディ ☆

2月>
3日『TUGUMI』吉本ばなな
18日『風に舞いあがるビニールシート』森絵都
28日『美しいアナベル・リイ』大江健三郎

3月>
3日『想像ラジオ』いとうせいこう

4月>
2日『午後の曳航』三島由紀夫
6日『天国旅行』三浦しをん
15日『落下する夕方』江國香織
21日『まほろ駅前多田便利軒』三浦しをん

5月>
8日『女子をこじらせて』雨宮まみ ☆
23日『僕のなかの壊れていない部分』白石一文

6月>
1日『私の男』桜庭一樹
7日『グランド・フィナーレ』阿部和重
10日『ニキの屈辱』山崎ナオコーラ
16日『東京DOLL』石田衣良
23日『きいろいゾウ』西加奈子
29日『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上弘美

7月>
7日『ほかならぬ人へ』白石一文
21日『塗仏の宴 宴の支度』京極夏彦
31日『塗仏の宴 宴の始末』京極夏彦

8月>
8日『有頂天家族』森見登美彦
11日『六番目の小夜子』恩田陸
18日『ロミオとロミオは永遠に 上』恩田陸
19日『ロミオとロミオは永遠に 下』恩田陸

9月>
18日『プラネタリウムのふたご』いしいしんじ
24日『愛に乱暴』吉田修一
26日『ラッフルズホテル』村上龍
29日『彼女は存在しない』浦賀和宏
30日『ユリイカ 9月号』 ☆

10月>
4日『ぼくの人生案内』田村隆一 ☆
11日『いなくなれ、群青』河野裕
17日『ホテルローヤル』桜木紫乃
20日『ユリコゴロ』沼田まほかる
26日『蝶々の纏足・風葬の教室』山田詠美
31日『アムリタ 上』吉本ばなな

11月>
5日『アムリタ 下』吉本ばなな
10日『九月が永遠に続けば』沼田まほかる
22日『アンテナ』田口ランディ
28日『葉桜の季節に君を想うということ』歌野晶午
30日『仕事文脈 vol.7』 ☆

12月>
2日 『森見登美彦の京都ぐるぐる案内』森見登美彦 ☆
11日 『美人画報ハイパー』安野モヨコ ☆
12日 『悼む人 上』天童荒太
20日 『悼む人 下』天童荒太
30日 『そして生活はつづく』星野源 ☆
31日 『お酒とつまみと友達と』こぐれひでこ ☆

48冊。

[傾向]
 今年はエッセイや雑誌など、小説以外のものを意識的に読むようにした。(☆のついているもの。計9冊)。食わず嫌いで、今まで小説以外の読み物はまったくと言っていいほど読んでこなかったのだが、もっと幅広い文章に触れる必要があると感じ今年は機会があれば読むようにした。
 結果、これはこれで読みやすいし、面白いなと思った。小説はどんなにうまく書いても辻褄合わせや盛り上がりなど演出される。始まりと終わりも絶対に必要になる。それこそが小説で、それはそれでいいのだけど、それに慣れた上でエッセイなんかを読むとその自由さに目が覚まされる。
小説というのは世界を一から作って、こういう世界ですよと全体像を示した上でそれをうまいこと丸く完結させなければいけない。でもエッセイは切り取った一部だけでいい。昨日まで生きてきて、本が出た後も生きている人の書くものだから、全体像を見せることなんてそもそもできないし、見せる必要もない。それでいて、書かれていない部分や、これから先の未来がまだまだ続いていくことを感じることができる。大げさだけど、その見えない部分の広がりみたいなものが自由で、向こう側に書き手の存在を感じることができて、こういう文章もいいなあと思った。

[作家・作品]
全体としては今年も趣味に偏ったエントリーだけど、作品としては「有名だけど読んでなかった本」を読むようにしていた。例えば芥川賞の『グランド・フィナーレ』(前読んでたのを忘れて買ってしまった)、直木賞の『私の男』『TUGUMI』『風に舞いあがるビニールシート』『ホテルローヤル』『ほかならぬ人へ』、じわじわと話題になった『想像ラジオ』、名作と名高い『悼む人』。ミーハーっぽいが、有名どころを押さえずして大口は叩けないと思い、ブックオフで100円と見るやせっせと買って読んだ。
作家の開拓もするようにして、今年は西加奈子、白石一文、沼田まほかるに初めて手を出した。
白石一文の『僕のなかの壊れていない部分』、沼田まほかるの『ユリコゴコロ』はかなりよかった。白石一文は村上春樹に毒と棘を混ぜ込んだような感じ。『ユリゴコロ』は純愛ホラーという新しさがあって面白かった。いい作家を見つけた、と思ったのだけど、勢いに乗って読んだ白石の『ほかならぬ人へ』とまほかるの『九月が永遠に続けば』はぱっとしなくて、二人とも何作も読むにはちょっとくどい印象。
それから、ミステリーが好きなので『彼女は存在しない』『葉桜の季節に君を想うということ』を読んでみたけど、これはどちらも叙述トリックを使った作品だが、見破られないことを重視しすぎて突っ込みどころが多く文章も稚拙で、小説としての出来としてはイマイチだなあ。ここ数年、ミステリーを読んではがっかりしている。トリックと文章のレベルが両立した作品が読みたい。
結局、三浦しをんや森見登美彦、田口ランディ、山田詠美にいしいしんじなど、個人的に高打率の作家が今年も多く登板した。

MVP
 読んでてすごく良かった作品を挙げる。
・エンタメ部門
『まほろ駅前多田便利軒』三浦しをん
 三浦しをんは本当に安定している。安心して読める。「愛すべきキャラクター」という、口で言うはたやすいが生み出すのは難しいものを見事に描き出すことのできる人だ。そしてこの本は特に、作者が楽しんで書いているのが伝わってきて、読んでいるだけで楽しくなる。

『塗仏の宴』京極夏彦
 この作品は特に、京極夏彦の中二病が爆発している。しかも長すぎる。でも面白い!ここまで作りこんでくれれば、あら探ししてイライラすることもなく安心して読み、盛り上がることができる。作り物だとわかっていてもやっぱりわくわくしてしまうディズニーランドのアトラクションと同じだ。趣味に偏っていることは重々承知だが、読んでいる間中「一生中2じゃだめかしら?」という西炯子エッセイが頭から離れなかった(読んでないけど)。

・いまさらそれかよ部門
TUGUMI』吉本ばなな
 本当に今さらかよという感じだけど、つぐみのキャラクターがとてもよかった。彼女のキャラクターのおかげで、日常なのにファンタジーのような盛り上がりと、一方で熱っぽさみたいなものも感じられて読後感がとてもいい作品だった。人が死なないのもよい。

『落下する夕方』江國香織
 江國香織は大概読んでるのだけど、なぜか手を出していなかった。
 人が意識的に「生きる」ことを決意する物語なのだと思う。そういう意味では構造が『ノルウェイの森』に似ている。文章の美しさによってやるせなさと力強さみたいなものが引き立てられている感じがした。

・文句なし部門
『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦
 素晴らしかった。素晴らしかった。書評は以前書いているので割愛するが、一番の良作が年の頭に来てしまった感じ。
 森見登美彦はかなり読んできたけれど、ひねくれた京都の大学生を主人公にしているイメージが強かったので印象が変わった。「僕」がけなげで「お姉さん」が素敵で、一つ一つのエピソードがこんぺいとうのようにかわいくきれいで、ラストの切なさまで含めて隅から隅まで味わってどっぷり浸かりたい物語。

『想像ラジオ』いとうせいこう
 流行っていたから手に取った。311の震災をテーマにしていることも、読み始めるまで知らなかった。

 死んでしまった人について、死後の世界について、我々は想像することしかできない。でも、想像することで救われること、安らかに思えることが確かにある。これは死んでしまった人と、いつか必ず死んでしまう人、すべての人に宛てたメッセージなのだと思う。

[まとめ]
 2015年は年50冊読むことが目標だったが、あと一歩及ばなかったので今年は達成したい。

2015年12月7日月曜日

淵を渡る人

色々考えた末、転職することにした。
とりあえずと転職エージェントの面談のために、東京駅の丸ビルへ行った。
お昼どきだったので小綺麗な格好のOLが、小さなトートバッグを持って歩いているのを何人も見かけた。財布と携帯とポーチだけが入る、昼休み用のあれだ。丸の内OLもあれを持ってランチに行くんだなと少し意外な気持ちで見ていた。全身の中でそのバッグだけが妙に安っぽくて、滑稽だった。

面談が終わりスターバックスで履歴書を一枚書いたあと、それをkitteで出すついでにせっかくだからと屋上庭園に上がってみた。夕闇迫るなか、赤れんがの東京駅が真ん中に据えられ、きっちり区画整理されてそびえる高層ビル群がそれを見下ろしている。まるで成功の象徴そのものであるかのように、その景色は広がっていた。
駅舎を挟んで八重洲口の方にあるビルのガラス張りの壁面の内側を、何基かのエレベーターが上ったり下ったりしているのが見えた。以前都心のホテルかどこかで家族で食事をしたとき、同じように高層エレベーターに乗った父が「こういうところで毎日働いていたら、自分が特別な人間だと勘違いするだろうね」と言ったのを思い出した。確かに、とすごく納得したのを思ったのを覚えている。この街並みを毎日ハイヒールを鳴らしながら歩いていたら、選民思想の一つや二つ芽生えるだろう。

屋上の端まで行って見上げると、電気がついているオフィスの中の様子がよく見えた。そこには普通にデスクがあり、プリンターがあり、天井に貼りついた照明や空調があった。巨大なビルの中で、それはミニチュアのように小さくて、あっけなかった。どこにいても、誰であっても、人が一人分の大きさしかないしかないことは変わらないのだ。
急に、すべてがむなしいような気がした。きっと、私がどこで働いていようが、何を着て誰と一緒にいようがそんなことどうだっていいことなのだ。なにもかもあまりも些末事だ。でも、だとしたら、確かなものなんかもうこの世になんにもないんじゃないか。

私は屋内に戻り、下りエスカレーターに乗った。それぞれのフロアには雑貨や本や服のテナントが入っていて、途中で一度降りて、ぐるりと回ってみた。
ディスプレイされた商品はどれもこれもみな洗練されていて、最先端で、これを生活に取り入れたらワンランク上の自分になれそうだった。その一方で、こんなものになんの意味があるんだろうという気持ちが湧きだして拭えない。
高級な石鹸や、アロマオイルや、間接照明や、用途を細かく分けられた食器、そういうものが気持ちに灯をともすことがあると知っている。たまに背伸びした買い物をしては、それを燃料のように燃やして前に進むエネルギーを得ることが生き延びる知恵なのだと知っている。だけど、それは私という人間の本質を変えてはくれない。外側を取り繕っても自分自身がランクアップするわけじゃない。だから、そんなのは嘘っぱちじゃないかとどこかで思っている。
私は本当のことが欲しい。本当のことだけが欲しい。例えば、百均の皿でだって飯は食える、というような、シンプルな事実だけを積み上げて生きていきたい。
だけどもしかして、本当も嘘も間違いもないのかもしれない。ただ一人分の幅で生きて、一人分の幅で死んでいくのだということ以外は。

まばゆいディスプレイに囲まれながら、自分がなにが好きで、なにに憧れていて、なにが欲しいのか、そういうことが全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいにわからなくなってしまった。しっかり握りしめていたはずの目標や芯みたいなものが溶け流れてしまって、迷子みたいな気分だった。
むなしい、と思った。人ひとり、私ひとりの人生なんてあまりにもどうでもよすぎて。

帰り道、メトロの中で窓の外の灰色のコンクリートを見ながら、渡りきれるだろうか、と考えた。
きっと死ぬまで付きまとうこのむなしさを、夢の中の海を泳ぐみたいに最後まで渡りきることが。
そうしてむなしさを越えた場所にあるなにかを、一つでも掴むことができるだろうか。
私は今日も探している。

2015年10月18日日曜日

《告知》ネットプリント第5回発行

ネットプリント『生存の心得』、本日より第5回発行しています。
今回のテーマは「親」。セブンイレブンのネットプリントより出力できます。

予約番号:MDJ2SY35
有効期限:10/25
印刷費用:カラー60円、モノクロ20円

どうぞよろしくお願いします。



☆『満島エリオの生存の心得』とは?
生活していく上でのちいさな問題や疑問やストレスやハッピーについて書いたガチふわ系エッセイ。
月1回、全12回発行予定です。

2015年9月27日日曜日

すこし遠い夜にまた


高校時代の知り合い2人と、急に会うことになった。

『公園で飲むんだけど来る?』
    雑すぎる誘いにちょっと笑ってしまった。それから私はいそいそと支度をして、家を出た。

 だいたい2年ぶりに会う彼らは記憶より随分痩せていて、反対に空気はまるくなっていた。何から話せばいいのか、距離感がつかめずに今住んでいる場所のことなんかを話しながら、コンビニで1人1つずつお酒を買った。
 少し歩いて、広めの公園へ行く。時間は7時を過ぎたところだったけれど、まだそこまで暗くはなかった。制服姿の女の子たちがベンチに座ってしゃべったりしている。真ん中へんに滑り台や吊り橋なんかが一緒になった複合遊具があって、その岩山を模した部分に上って、乾杯した。
 
 高校時代はわざわざ約束して会うほどの仲ではなかったから、間が持たないんじゃないかと秘かに心配していたのだけど杞憂だった。
 今まで何してた? 今何してる? これからどうする?
 私たちは缶酒一本で延々と、過去と今と未来の話を行ったり来たりした。
 待ち合わせの前にネットプリントを印刷して読んでくれていて、2番目のやつがよかった、と褒められて、その場で音読されそうになって止めたりした。

 2人のうち1人は当時取っつきにくいところのある人で、それがすごく柔らかくなっていたから、私は彼にまるくなったねと言い、彼も私に同じことを言った。
自覚はある。高校の頃の私はとがっていて、それこそ取っつきにくかったはずだ。必死過ぎて全然周りを見る余裕がなかったのだ。そのときから考えれば肩の力が抜けたし、気楽に物事を考えられるようになった。自分でも、昔の自分より、今の自分の方が好きだ。
 久しぶりに会う友達というのはいいな、と思った。「変わったね」と言ってくれるのは、ある程度関係を熟成させた相手だけだ。大人になるって楽しい、と思った。

 2人とも、いわゆる会社員ではない。社会的に見たらちゃらんぽらんかも知れないけど、それなりに葛藤があって、その中で自分の考えを持って、次への足掛かりを見つけることのできる人達だった。到底堅実ではないし、普通の生き方とは言えないけれど、でももっと根本的な生命力を持っているように見えた。彼らと話しながら、人生なんて自由でいいんだな、と思った。

少し風があって、その冷たさが心地いいくらいの気温だった。背後を中央線が走っていく音を、何度も何度も聞いた。公園の端で、夏の終わりを名残惜しむように花火をする人を見た。

自分の行動が、出会う人を決めるのだという。私が文章を書いて、それを発表することによって引き寄せた縁は確かにある。そうして出会った人たちと、現在と過去と未来の話をするのが好きだ。進み続ける人の中には爆ぜる花火のようにまぶたの裏を焼く鮮烈な光があって、どんなに今が暗くてもその光がある限り前に進むことは怖くないと思える。
決して頻繁に連絡を取り合うわけではない彼らと、次に会うときに恥ずかしくない自分でいたいという気持ちが、私を何度でも言葉に向かわせる。ずっと色々やってるよ、そっちはどう、とすかした顔で再会したいという意地が。

寒くなるまで尽きることなく話をして、また公園で飲もう、というあやふやな約束とともに手を振って別れた。
こんな夜をまた過ごしたい。できれば、あまり近すぎない未来で。

2015年9月21日月曜日

最強ラッキーガール

中高の頃私は剣道部で、しかもずっと幽霊部員だった。真面目に出ていたのは最初の一年だけで、後の数年は部活に参加するのは年に数回程度という状態をずっと続けていた。
    最初に出なくなったきっかけがなんだったかはもう思い出せない。特別な何かが起きたわけではなくて、単に面倒臭くなって休む日が続いてそのままずるずると、という感じだったと思う。

    練習に出なければ当然うまくならない。むしろ下手になる。その上年次が進めば後輩が増え、彼らは練習を重ねてどんどん強くなっていく。
    後輩より弱い先輩なんてありえない。下手なのを見られたくない。知られたくない。駄目な先輩って思われたらもう終わりだ。そう思っていた。そういうつまらないプライドばかりが勝って出られなかった。そのブランクが長くなればなるほど、もっともっと出づらくなった。その頃は部活に出る、ということがもうほとんど恐怖だった。

    同学年の部員たちにはクラスや廊下で会うたびに「部活出ろよ」と言われるので、顔を合わせるのも怖かった。      
    顧問に呼び出されて、「そんなにずっと休んでるなら辞めた方がいいんじゃない」と言われたこともある。そうですね、と私は素直に頷いた。
    でも辞めなかった。
    一年の時から入部していたからというのもあったし、どこかの部活に所属していたいというのもあった。部活のメンバーが、それでも普段は面白くて仲良くしてくれて、居心地が良かったというのもある。部活を続ける意味がないと面と向かって言われても、その通りだと思っても、でも手放すことができなかった。

    それが本当に身勝手なことだったと、今ならわかる。同期にどれだけ迷惑をかけ、苛立たせたか知れない。それでもみんな、最後まで鬱陶しいほど面倒見が良くて、優しかった。部活に出ない私に、それでも座る場所をずっと空けていてくれた。彼女たちがもっと冷淡で無関心だったら、私だってきっともっとあっさり辞めていた。

    結局、私は劇的な盛り返しを見せることもなく、幽霊部員のまま卒業を迎えた。私の存在も碌に知らない後輩に送られる送別会の居心地の悪さはちょっと言い表せない。それでも、退部ではなく引退した。図々しくも同期達と一緒に。


    そんなこんなで大学に入学し、サークルで初めてちゃんと後輩というものができた時にはどう接したらいいかわからなかった。ちゃんと先輩として見えているかばかり気になったし、こいつら全員私のことを馬鹿にしてるんじゃないかといつも疑っていた。高校の頃から、私には後輩というものが怪物に見えていたのだ。

    でも、おっかなびっくり話をしているうちに、彼らは意外と素直な生き物だと言うことに気がついた。何か質問してきたり、知っていることを教えると素直に納得したり、ちょっとしたことで関心してくれたりするのが面白かった。

    私は特別優秀なわけでも、人徳があるわけでもない。私よりずっと頭が良くて話が上手で愛想のいい子はいくらでもいた。私はただ、彼らよりただ数年早く生まれ、年増な分だけ知識と経験が多いだけだ。そんな偶然でしかない理由で先輩と呼んでくれるのが申し訳なくて嬉しくて、そしてかわいくて、だから私はせめてこいつらに、私の知っていることは全部教えてやりたいし、うまくいくようにいくらでも手を貸しやりたいと思った。
    それは高校の時には逃げ回っていて手に入れられなかったものを取り返すための戦いだった。それにもしかしたら、いつかの罪滅ぼしの面もあったかもしれない。

    そうやって、内面ではすごく緊張しながら先輩や後輩と接していたわけだけれど、彼らと仲良くなればなるほどサークルも居心地よく、やりやすくなって、楽しくなっていった。
    こんなに単純なことだったのか、と思った。
    できることをして、助けてもらって、もらった分を誰かに返して、それを実直に繰り返すだけのことだったのだ。それだけで、自分自身がずっと生きやすくなるのだと、遠回りしながらやっと知った。


    今、会社では後輩が二人いる。質問していいですか、と言われたら忙しくても必ず時間を作る。私も、困ったら手を貸してもらう。雑談もするし、たまに飲みに行ったりもする。
    サークルの一部の後輩とは未だに時々約束をして遊びに行く。彼女達とは、もうほとんど友達だ。
    高校の部活のメンバーとは滅多に連絡は取らないけれど年に一度くらい飲み会があって、会うとみんなマシンガンのように喋り倒すので、いつも全然時間が足りない。
    高校の頃を思い浮かべれば、ちゃんと部活に出ていても仲間と折り合いが悪くて辞めた人もいる。仲が良くたって卒業したら連絡を取らなくなる人だって大勢いる。集まりがあったって、呼ばれなかったり顔を合わせられなくて出席できない人だっているだろう。
    そういう中で、私も充分すぎるほどやらかしていて、それでも今も席を並べて話したり笑ったりできる。同じ時間を共有して、ダサい所も失敗も知られている相手と、今のことや未来のことについて話すことができる。できすぎなくらい、私は最強にラッキーだ。でもそのラッキーは偶然の産物ではない。周りの人が与えてくれたものだ。私の失敗を、迷惑を、我儘を、許して、許し合ってきた結果だ。


    これからも、できることをしようと思う。余裕がなくて当たってしまったり、思ったほど相手に伝わらなかったりすることもあるだろうけれど、でもできる限り誠実でありたいし、私のもらったものを別の誰かにあげたいと思う。そうしてその誰かが、新しいラッキーガールもしくはラッキーボーイになってくれたら本当に嬉しいと思う。

2015年9月15日火曜日

《告知》ネットプリント第4回発行&1~3回再発行

月一で発行しているネットプリント、ガチふわ生活系エッセイ『生存の心得』第4回を発行します。
今回のテーマは「健康」です。
全国のセブンイレブンのプリンターより出力できます。


また、過去の分が読みたいという声を頂きましたので、今回は今までに発行した第1回から3回の分もすべて再発行致します。1つ読んでみて面白いと思ったら、ぜひ残りも読んでみてください。


号数 : 予約番号
第1回 「食べる」 : B3JRUUGY
第2回 「買う」 : R7JQ2S8S
第3回 「おしゃれ」 : T939X83M
第4回 「健康」 : 4DA7E88G


出力締切はすべて9/22の23:59までです。どうぞよろしく。